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季節の花(7)

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  • 川光俊哉
  • 2019/10/04 05:27
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「ははは、ぬれてやがる。見ろよ」
「やまないな」
「川の水だいじょうぶか」
「ここはあぶないね」
「あっ。婆ア、もどってきやがった」
「気づいてないな、こっちに」
「軒が深いから、まあ雨宿りにはいいだろうね」
「傘、貸してあげれば」
「いいよ。貸してほしいって言うなら貸してやるよ」
「そんなにめんどくさいの」
「めんどくさいね。貧乏性だしね」
「ひどいな」
「おまえ行けばいいだろ」
「おれもそこまでじゃない」
「よさそうな婆アだよ」
「だから、よさそうな婆アなら自分で声をかけてやれよ」
「いいよ。傘なんかいらないよ。すぐ近くに住んでるんだよ」
「知ってるんですか」
「よく見る婆アだよ」
「ああそう」
「うそだよ」
「なんか変だよ」
「いつもだよ」
「行っちゃった。いまたぶん、こっち向いたと思う。なんか悪いな。気まずくなったんだろうね」
「もっとしずかにしゃべってればよかったんだ」
「近くに住んでるよ、きっと」
「じゃあおれはもう気にしない」
「こういうのが縁で、客も増えていくかもしれないのに」
「そういう店ではないからね」
「どういう店」
「おしゃれだろう」
「さあ」
「なんともないから。だんだん分かってきた。本当に。やりたいようにやる。おまえのようなのがひとり、そうやってけちをつけたからって、ぜんぜん相手にしないからね。もう決めた」
「そりゃよかった」
「これが子供とか、家庭とかあれば、そうもいかないだろうが、気楽なもんだ。なんだ、お見合いパーティーでうまくいかないのも、そのせいだ」
「おれは、じゃあ、見守ってます」
「別に道連れにしようなんて思ってない。しかし、そういうやつだね。そう、こんなのがいっぱいいた。それがいやで、東京に出てきたんだ」
「すいませんでしたね」
「まさかこんなところで故郷のやつに会うとは思わなかった」
「こっちだって」
「きみはなんで出てきたんだっけ」
「大学進学でしょう」
「そりゃそうだ」
「わけが分からない。こっちまで頭がもやもやしてくる」
「なんだ、こんな時間に。馬鹿じゃないの。やれやれ。もしもし。もしもし。はい」
「なに」
「うん。別に」
「別にってことはないんじゃないの」
「友達」
「ああそう」
「波乗りの」
「いまから行くの」
「行かないよ」
「結局、なに」
「沖縄に旅行しないか、とか、なんとか。急に」
「沖縄まで行ってサーフィンするの」
「金がねえから、ことわったよ。あたりまえだろ」
「怒るなよ」
「ちょっと出てくるわ」
「えっ。雨降ってるけど」
「傘させばいいだろ」
「なにしに」
「買いもの、とか」
「いま行かなくてもいいんじゃないの」
「いや」
「なんかあったんですか」
「なんでもないよ」
「用事なら帰りますけど」
「じゃあいい。やめた」
「なんの電話だったんですか」
「いや」
「はあ」
「なんか、携帯見つかりそうだから」
「ああ」
「それで、出ようと思ったけど、やめた」
「おれのことはいいよ」
「雨だから」
「そう」
「こういう日に、外食しようと思う」
「思わない」
「雨の日も定休日にしようか」
「やりたいようにやるんでしょう」
「そうだよ」
「さっきの電話の人のところにいたってことでいいんですか」
「たぶんね」
「おれ知ってる」
「知らないんじゃないの」
「波乗りの仲間か」
「うん」
「それってたのしいの」
「連れってってやろうか」
「やめとく」
「なあ、警報とか出てないのか。けっこう降ってるよ」
「さあ。テレビ、ないし」
「新聞には」
「書いてない」
「なんか冷えてきたじゃねえか」
「女子大生ですか」
「なにが」
「泊まったの。それと、電話」
「ちがうよ」
「じゃあどこ」
「どうでもいいよ、そんなもん」
「変だな」
「野宿。そこで」
「そこで野宿するくらいなら、店に帰ればいい。さっきから、なに言ってんの」
「おまえが変なこと聞くからだろ」
「ぜんぜん変なことなんか言ってない」
「めんどくせえ。馬鹿野郎」
「誰が」
「なに考えてんの。おまえ、そんなに女子大生と飲みたかったのか。なんなら呼んでやろうか」
「それは、いいや」
「なんにもないよ。なんで妹より下の女の子に手を出さなきゃいけないんだ」
「まあそれはそれとして、本当のところは、どうなの」
「本当のところもなにも、ふつうに別れただろう。終電があるから帰ってったよ」
「マスターは」
「しょうがないから、ひとりでぶらぶらしてたんじゃないか」
「え、それで、野宿」
「まあ野宿というか、そう」
「分かんないなあ」
「ベンチでぼおっとしてた」
「ひとりで」
「ひとりで。そうだなあ。ああいう感じで、ひとりっきりっていうのは、ずいぶんなかったような気がする。さみしいね。眠くもなんともないし、人がうろうろするのを、ながめてた」
「ふうん」
「なにやってるんだろうと思ってね。おれ」
「なにが」
「貧乏はいやだと思った」
「誰だっていやだ」
「店をたたもう。やりなおそう、と思ったね」
「えっ」
「だって、客が来ないからな」
「客が来なくても、やりたいようにやるんでしょう」
「店をたたみたいんだよ」
「本気で言ってるの」
「よく分からない」

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  • 川光俊哉
  • @55ohguy
Toshiya Kawamitsu/第24回太宰治賞 最終候補 小説『夏の魔法と少年』/舞台『銀河英雄伝説』他、商業演劇で脚本を手がける/現在、山崎哲の後任として二松學舍大学文学部国文学科 講師

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