鬼子母神の宴

川光俊哉
2019/11/03 09:46

　子供たち、おもむろに登場。

　学芸会の稽古の準備をはじめる。あまり積極的ではなく、だらだらしている。
　準備が終わって、本格的にだらだらする。

　先生が、母親三人をつれて、登場。
　あわてて子供たち、もう稽古をはじめていたような感じを出そうとする。

　歩きながら、

先生　つまり、キャスティングについては、そのようにオーディションを……
母１　オーディションは分かりましたが、そのオーディションをなさったのは、やはり、先生ですか
先生　まあ、そうです
母１　どのような基準で
先生　（考える）……

おじい　おばあさん、わしは、山に柴刈りに行くからね
おばあ　はいはい、わたしは、川に洗濯に行ってきますよ

　大人たち、到着。
　母親三人、パイプいすに座る。背後で、学芸会の稽古風景は続く。母３だけは背をむけて、その稽古を見ている。
　先生、母親たちから少しはなれて、立つ。

おじい　いやあ、今日はいつもよりも、山道がけわしい気がするぞ。大変だなあ

先生　（考えがまとまって）たとえば、声の大きさ、歌のうまさ……あとは、いわゆる演技力というか、そういうものを総体的に評価しまして……
母１　先生の主観的なオーディションで、十分に子供の能力を評価できるかというと、失礼ですが、疑問です。もっと、客観的な基準はなかったんですか

おじい　こんなときに子供がいればなあ。本当に大変だ

先生　そうはおっしゃいますが、ご希望のとおり、子供ひとりに三十分ですよ。けっこうな時間で……まるまる一週間かかりまして……いや、もう、本当に大変で
母１　（さえぎるように）いい意味で、子供たちとは長く接していらっしゃいますし、そういうところで、特定の子供にですよ、なにか手心を加えるというような……
母３　（突然）あ、出てきた

　母１・２、振り返る。
　桃のつもりの子供、どんぶらこと流れてくる気持ち。母３は、写真をとっている。
　母１・２、また先生をにらむ。

母１　はっきり申し上げて、このオーディションには、納得が
母２　（さえぎるように）わたしからも、ひとつ言わせてもらっていいでしょうか。うちの子は、ボイストレーニングと、剣道をやらせています。こう言っちゃあれですけれども、学校の学芸会ごときで、とてもほかの子供なんかを相手にして、負けるような子じゃありません
母１　剣道ですか。うちは、空手です。この前、都の大会で優勝しましたよ
母２　すごいですね。でも、桃太郎ですから、空手より剣道ではないでしょうか。だって、ほら、鬼を退治するんでしょう、刀を持って
母１　英会話を、三歳のときからやらせています
母２　ひとつ言わせてもらえば、桃太郎は日本人ですからねえ
母１　あくまで客観的に申し上げているんですが、小さいころからいろんな人と英語で話していますから、桃太郎やるくらいの舞台度胸は十分あるんです
先生　（さえぎるように）つまり、オーディションで、すでにキャスティングは決定いたしまして、もし、ご希望があれば、審査過程も後日くわしく……
母１･２　希望いたします
先生　はい……では、後日……ありがとうございます（頭をさげる）

おばあ　ああ、腰が痛い。いつものように、川に洗濯に来たけれど、あたしももう年かねえ、腰が痛い、腰が痛い（腰をたたく）さて、洗濯しましょうかね

先生　（頭をあげる）いたた（腰をたたきつつ）それでは、キャスティングのことは、それで解決しましたから、ええと、次は、本番の時間ですが……
母３　（振り返り）そうよ、予約でいっぱいになって入れないなんて。なんでわが子を見るのに、早いもの勝ちなのよ（また桃を見る）
先生　はい……観覧希望の保護者様は、すでに児童数の三倍を越えておりまして……どうも、お父さん、お母さんはもとより、ご親戚までお集まりいただけるようなケースもございますようで
母１　（母３へ）馬鹿じゃないの

おばあ　おや、なんという大きな桃だろう。うわあ、びっくりした。ああ、腰が抜けてしもうた

先生　ええ、こちらもうれしい悲鳴と申しますか、腰が抜けそうですが、急遽、昼、夕方、二回公演にしまして、保護者様には可能なかぎり、来ていただけるように……
母３　（振り返り）ありがとうございます。やった（もどる）
母１　（母３をにらみつつ）そんなことして、子供がつかれませんか
先生　いえ、だいじょうぶです

おばあ　（桃の子供を背負う）そうね、だいじょうぶよ、腰が抜けたくらい

　次からのセリフのあいだ、おばあさんは、桃の子供を背負って、うろうろする。よろしきタイミングで、おじいさんの待つ家に。

母１　なんの根拠があって、だいじょうぶとか言うんです
先生　いえ、三十分の劇ですし、昼と夕方で、三時間以上ありますし
母１　……そんなことより、あれですよ、一生に一度の、子供の桧舞台でしょう。整理券番号順なんて、そんな差別をしていいと思っているんですか
先生　ですから、十五分、十五分で、あいだに、休憩をはさみまして……それで、休憩中に、前の席、後ろの席、入れ換えるようにして、公平にしようという……もちろん、出番が前半に多ければ、前半が前の席、出番が後半なら、後半に前の席、と、選べるように……
母１　できるんですか

おじい　こわいなあ……ちょっと、桃にしてはでかすぎる。よし、思い切って割ってみよう

先生　いま、調整中です。前向きに、善処しています。思い切って
母１　よろしくおねがいします
先生　イヌの役ですと、前半でも後半でも、同じくらいかもしれません
母１　そうですか。でも、このあと、一度通したのを見せてもらってから、わたしがどちらがいいか決めますので
先生　鬼の役でしたら、まあ、後半がよろしいかと
母２　（怒りをおさえつつ）……でしょうね。ええ、そうでしょう。ありがとうございます

　桃太郎、誕生。母３、写真をとりまくる。
　母１・２、ものすごい顔で、母３をにらんでいる。

先生　では、今日のところは、これで……本番をおたのしみに……

　母１・２、振り返り、先生をにらむ。

母１　だいたいね、いまどき、桃太郎なんて、時代錯誤ですよ
先生　は
母１　客観的に、おかしいと思います。いまからでも、演目を変えて、オーディションしなおしましょうよ
母２　先生、わたしも、ひとつ言わせてもらいますが、一理あると思います

桃太郎　おじいさん、おばあさん、立派に育ててくれてありがとうございます。ぼくは、鬼婆アをぶち殺しにいきます。ちがった。鬼を退治します

母１　子供に、おじいさん、おばあさんの役をやらせるなんて。子供の気持ちを考えたことがありますか。いじめられますよ。責任とれるんですか

桃太郎　きびだんごをつくってください

母１　内容もね、まるでいじめの助長ですよ。鬼だから退治していい、なんて法がありますか。いじめどころか
母２　戦争ですよ
母１　そう、戦争を推奨しているのと同じです。おそろしい。節分だって、そうじゃありませんでしたか、鬼は外、福は内、なんて、差別もいいところですよ。保護者がちゃんと気づいて、これからは、鬼は内、福は内、にしたじゃありませんか

おじい　そうか、鬼婆アを

先生　ええ、そうでしたね
母１　どうするんです、将来、これが、あれですよ
母２　トラウマ
母１　そう、トラウマになって、殺人者になったりしたら

桃太　え、トラ、ウマ、殺人者。家来……
おじい　イヌ、サル、キジ。イヌ、サル、キジでいいんだよ

先生　はあ……
母１　責任、とれますか

おばあ　なんて立派な子供だろう。鬼婆アをぶち殺しに、ちがった、鬼を退治しようなんて

〈歌〉
桃太郎　そりゃ進め　そりゃ進め
　　　　一度に攻めて攻めやぶり
　　　　つぶしてしまえ　鬼が島

　母１・２、歌をさえぎるように、立つ。袖に去り、それぞれ自分の子供をひっぱってくる。母１は、子供１（イヌまたはキジ）、母２は、子供２（サル）

母１　うちの子は、篠笛（リコーダー）ができます。伴奏に篠笛（リコーダー）を吹かせてやってください

　間。
　母１、中央に立ち、

母１　はい、いまのところ、もう一回。歌から（手を打ちかける）
母２　（さえぎるように）先生、うちの子のも、見てください。うちの子はね、ボンゴなら誰にも負けないんです。もう一回、おねがいします
母１　じゃあ、いまのところ、もう一回。歌から（手をたたく）

　篠笛（リコーダー）、ボンゴが加わり、歌。

〈歌〉
桃太郎　そりゃ進め　そりゃ進め
　　　　一度に攻めて攻めやぶり
　　　　つぶしてしまえ　鬼が島

　母１・２、割れんばかりの拍手。

母２　いいじゃないですか。ねえ
母１　決まりですね
母２　その他大勢の鬼なんかより、ぜんぜん素敵
先生　しかし
母２　ひとつ言わせてもらえば、先生、このさい、はっきり言ったらどうです。みとめたらどうです
先生　なにが、です
母２　先生のオーディションでは、子供の才能を、まったく見抜けなかったということですよ。そうじゃありませんか。うちの子のボンゴが正当に評価されたなら、鬼なんかやらされるはずがないでしょう
先生　たしかに、オーディションの課題にボンゴはありませんでした……
母２　本当に、はっきり言ったらどうです。つかえない子供は、鬼をやらせるくらいしかないんだって。三十人の鬼が必要ですか
先生　（ぼそぼそ）必要です……
母２　勇気を出して、みとめてください。うちの子に、鬼なんかやらせるべきじゃなかった、と、先生はやっといま気づいたんですよね

　桃太郎、先生に近寄る。

桃太　先生（手をあげる）
先生　はい、なんですか
桃太　続き、やっていいですか
先生　うん、ちょっと待って……
母３　（さえぎるように）ちょっと待っててね。いま、あのお母さんたちが、けちをつけてるところだから。気がすむまで、待っててあげようね
母２　いま、なんとおっしゃいました
母３　いえ、なにも……ただ、たかが、学芸会ですし……なんだか、親がそんなに口出しするのも、どうかな、と

　間。殺気に満ちている。

先生　（笑い）じゃあ、続き、いきましょうか。そう、本番まで時間もないことだし。はい、じゃあ、歌のところからね、はい（手を打つ）

　母１・２、座る。

母３　バレエやってごらん、バレエ

　歌、はじまる。篠笛（リコーダー）、ボンゴ、さらに、踊る桃太郎。

〈歌〉
桃太郎　そりゃ進め　そりゃ進め
　　　　一度に攻めて攻めやぶり
　　　　つぶしてしまえ　鬼が島

　イヌ、サル、キジ、登場。

〈歌〉
イヌ　桃太郎さん、桃太郎さん、わんわん
サル　お腰につけた、きびだんご、ききー
キジ　ひとつわたしに、けんけん
三匹　くださいな（それぞれ鳴く）

母１　ストップ

　芝居、中断する。

母１　信じられない
先生　……なにが、でしょう
母１　地べたに手をつかせて、きびだんご一個を要求させるなんて。これは、あれですか、虐待ですか。あなた、いったい、どういう神経をしているんですか。それでも、教育者ですか

　母１、子供１を抱く。

母２　先生、ひとつ言わせてもらいますが、わたしも一理あると思います
先生　……では、どうすれば、ご満足で
母１　桃太郎のほうから、きびだんごをあげるんですよ。きびだんご一個に鬼退治なんて、そんな条件をつけることはないでしょう
先生　すると、どうなります
母１　（歌う）イヌサルキジさん、イヌサルキジさん、お腰につけた、きびだんご、好きなだけ、あなたたちにあげるからね
先生　ははあ
母１　そうしたら、三匹は、なんていい人だろう、と、そのお礼に、桃太郎についていくということです。これが本当じゃないですか、客観的に
母２　一理あります。ええ、よく分かります
母１　やってみましょう（子供たちに）聞いてたね、はい、準備。はい、やるよ、はい（手を打つ）
母３　（ぽつり）みにくいわねえ

〈歌〉
桃太郎　イヌサルキジさん　イヌサルキジさん
　　　　お腰につけた　きびだんご
　　　　好きなだけあなたたちにあげるからね

イヌ　ありがとうございます、わんわん
サル　それでは、お礼に、ききー
キジ　桃太郎さんのお供をして、けんけん
三匹　鬼退治に行きましょう（それぞれ鳴く）

　母１・２、割れんばかりの拍手。

母１　はい、鬼たち、出ておいで

　鬼たち、出てくる。

母２　なにしてるの、ほら、戦う

　間。鬼たち、桃太郎におそいかかる。

母１　空手でしょ、空手。桃太郎より目立つのよ。ああ、もう、ぶち殺せ。鬼どもを、殺しちまえ
母２　（叫ぶ）ちゃんとやりなさい。なんのためにいままで生かしてきたと思ってるんだ。このときのための、剣道でしょうが、ほら、やれ
母３　はい、こっち見て（写真とる）いいわよ。あなたが主役なんだから（写真とる）

〈歌〉
皆々
　　面白い　面白い
　　残らず鬼を攻めふせて
　　分捕物をえんやらや

　母たち、乱闘にまざる。
　ピアノをかきならしたり、ボンゴを乱打したり、めちゃくちゃだ。本当のけんかになる。
　先生、おろおろしている。

　つかれはててて、皆々、たおれる。
　泣いている子供もいる。間。

先生　あの……こういう感じで……よろしいでしょうか
母１　そうね
母２　でも、最後は、やっぱり
母３　そう、みんなで、なかよくね
先生　そうですね、鬼も差別せず、みんなでなかよく
母１　そうですとも
先生　あの、本番もおねがいして、いいですか
母２　なに
先生　鬼の役です