夕餉は〈生姜粥ト羊乾酪〉に鯰汁が付き、鉈豆酒が三升竕ずつ配給された。造酒商の蔵を開けたのだ。帝都には珍しい地酒で非常に酒精分が濃い。乾杯して間もなく大多数の者が出来上がった。例の〈ヤセユクウデ〉の歌の最後の二節の歌詞を〈フトマライレル/シタノクチ/ブットヘヲヒル/シロイブタ〉と替え歌にして悪神を嘲弄した。誰かが俘虜となった住民を数人引具してきた。あの女婢旨由手もいた。下等卒坐瑠該という兵隊やくざが俄然張り切り出した。女婢旨由手に下等卒坐瑠該、〈ソコノ青葱ト一発ヤレ〉皆が囃した。〈青葱〉とは司書史歟苔という若者だった。女婢旨由手と司書史歟苔は言われた通りにした。兵卒どもは糸瓜酒の栓をも抜き、〈色硝子ヲ満タシタ風呂釜ガガラガラ湧ク〉ように笑いさざめいた。羽林将郎經津區は、酒が不味くなった。帝国禁軍刑法を丸暗記している立派な上官である太尉将鹿魚のことを思い、引っ掛かったその部分に目を通した。
帝国禁軍刑法第二編《罪》第九章《掠奪及強姦ノ罪》第八十六条〈戦地又ハ帝国禁軍ノ占領地ニ於テ住民ノ財物ヲ掠奪シタル者ハ一年以上ノ有期懲役ニ処ス/婦女ヲ強姦シタルトキハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処ス〉
第八十七条〈戦場ニ於テ戦死者又ハ戦傷病者ノ衣服其ノ他ノ財物ヲ掠奪シタル者ハ一年以上ノ有期懲役ニ処ス〉
第八十八条〈前二条ノ罪ヲ犯ス者人ヲ傷シタルトキハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタルトキハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス〉
第八十八条ノ〈二〉〈戦地又ハ帝国禁軍ノ占領地ニ於テ婦女ヲ強姦シタル者ハ無期又ハ一年以上ノ懲役ニ処ス/人ヲ傷シタルトキハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタルトキハ死刑又ハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処ス〉
理屈の上でその痴態を罰する規則はなかった。〈強姦〉ではなく〈住民〉同士が交わっているのを鑑賞しているだけなのだから。刑法の網を擦り抜けているのは恐らく偶然だ。〈掠奪〉に関しては彼の感覚も麻痺していた。羽林将郎はそう低い階級ではない。〈ヤメロ〉と命令すれば問答無用で〈ヤメ〉ねばならない。鹿魚が羽林将郎經津區にもしつこく言う〈帝国禁軍刑法第二編《罪》第四章《抗命ノ罪》第五十七条〉である。だが、黙って鉈豆酒を舐めていた。野太い歓声が上がった。射声尉疊邊が俘虜ども二人、四つ這いにさせたそれぞれの背中を踏まえて盃を呷っている。その〈盃〉は黒焼きの髑髏。神秘派田園詩人稜特覇の死骸を利用したのだ。「官能的な味わいじゃ。舌が痺れる。炭になった脳味噌が酒に風味を効かせるわい」と豪傑気取りで嘯いている。美味い筈がない。毛髪の焼ける悪臭で鼻が曲がりそうだ。羽林将郎經津區は座を離れた。