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季節の花(5)

川光俊哉's icon'
  • 川光俊哉
  • 2019/10/02 03:22
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「閉店ですよ。開店は午後六時からです」
「おかえり」
「なにしてんの」
「だいじょうぶですか」
「なにが」
「いいから、座って」
「なにしてんの。きみ、なんで店にいるの、えっ」
「いままで飲んでたの」
「一杯ください」
「はいはい」
「ビールを」
「水がいいと思う」
「ビール」
「いや」
「じゃあ自分でやるからいいよ」
「分かりましたよ」
「おれの店だよ。おれの酒」
「はい」
「なにこれ、ふふ、ビールだって」
「ビールですけど」
「ビールだって言ってんだろ。ビールの味もなにもしねえ。うう」
「でもビールだから」
「うう」
「あっ。トイレ、トイレ」
「うう」
「急いで」
「すっきりした」
「はあ」
「おまえ、なにしてんの」
「だから」
「おれ鍵かけたよね。うん、あれ。えっ」
「これ」
「なんで持ってんの」
「ええと。まあいいや」
「なんということだ。二日酔いなんて本当に何年ぶりだろう。なさけない」
「水」
「ありがとう」
「ゆすいで」
「くらくらする。まだ」
「そんなに飲んだんだ」
「たぶん」
「女子大生でしょう」
「うん」
「お客さんですか」
「そう。つい、調子に乗ってしまった。たのしかった、ような気がする」
「記憶がないんだ」
「あんまり」
「今日は仕事できますか」
「できるよ。やるよ。しかし年だな」
「三十いくつだっけ」
「五」
「もうそんなにだったっけ」
「いいかげん落ち着けと言うんだろう」
「まあ」
「できることならね」
「どうでもいいけど」
「そうやっておれのいない間に言ってるんだ」
「別に」
「おれだって必死だからね。たぶん誰にもまだしゃべってないけど、お見合いパーティーとかさ」
「なにそれ。そんなの行ってるんだ」
「そうやって引くから」
「そんなことないです」
「暑いなあ、なんだか」
「そこ、陽が当たるんです」
「窓開けよう。なに、ずっとひとりでいたのか」
「ふたりで」
「ああ。そうだっけ。いつ帰った」
「ついさっき」
「最近どう」
「ふつうだけど。見たまま。用事があるって帰った」
「いや、きみは」
「ぜんぜん。なにも。まあふつうかな」
「ふつうか。それはいいね」
「そうでもない」
「おれ財布どこやったっけ」
「はい」
「つかってないか」
「小銭しか入ってないのに」
「覚えてないんだけど、あずけたんだっけ」
「覚えてないならどうでもいいです」
「しかしひさしぶりに飲んだなあ。花見も何年かぶりだから、まあいいか。もう桜は終わりなんだって」
「昨日の夜から話してる。何回も」
「なに」
「なんでもない」
「すまんね」
「なにが。急に」
「おれだけ女子大生と」
「はあ」
「ついね」
「気持ち悪いな。もういいから」
「なんか食うか」
「おねがいします」
「じゃあ新聞とってきて」
「はいはい」
「それ読んでて」
「昼前から雨だって。本当かな」
「本当なんじゃないの」
「道理で蒸すな」
「はい、どうぞ」
「なんか、オレンジジュースとか、もらってもいいですか」
「いいよ」
「いただきます」
「なあ、携帯知らないか」
「それは勝手になくしたんでしょう。知らない」
「あーあ。またか。めんどくせえな。見つからないだろうな」
「残念」
「でもないとなあ」
「お見合いパーティーって、どんなのですか」
「まあ、お見合いとパーティーを混ぜたようなもんだと思うよ」
「それはそうだけど」
「いろんな人とお知り合いになって、それで、パーティー、制限時間が終わったら、アンケートみたいなのに丸をつけるんだよ。いいと思った人に」
「ああ、そういう感じなの」
「ぜんぜんよさそうなのがいなかったから、全部に丸つけて提出した」
「なんで」
「なんとなく」
「そうしたら」
「ひとり、おれに丸つけてる人がいて、くっつけられた」
「え、それで、その人は」
「いや、おことわりしたよ」
「なんで」
「なんとなく」
「なんのためにお見合いパーティーに行ってるの」
「安くもないんだけどね」
「おことわりしなきゃいいんだ」
「女は安いんだよ。だから、お見合いパーティー行かなきゃいけないような人が来るだろう。あたりまえだ」
「それが、いつ」
「先週くらい。安かろう悪かろうだね」
「ごちそうさま」
「ああ、うん」
「うまかったです」
「どういたしまして」
「ふうん、でも、すぐにいい人が出てくると思う」
「お見合いパーティーにはいないかもしれない。もうよそう。三回ほど行ったけど、全部はずれた」
「行きすぎだ」
「あんまり必死になって探しているときには見つからない。そういうもんだ」
「さあ。おれには分からない」
「免許持ってたっけ」
「車のですか。いちおう持ってるけど。なんで」
「さすが。車は」
「ない」
「まあいいや、車はどっかから借りるとして、今度付き合ってくれよ」
「どこ行くの」
「買い出し」
「どこに」
「どっかホームセンターに」
「また店の模様がえかなんかですか」
「そうだよ」
「いいかげんにしたほうが」
「今度は、そういうのじゃないから。これから、虫が多くなるだろう」
「はあ」
「表の照明に虫が寄るから、色のついたやつにかえる」
「よく分からないけど、そうしたいなら、いいんじゃないですか」
「虫が寄るんだよ」
「そうですか」
「高いかな」
「見当もつかない」
「しょうがないね」
「虫ねえ」
「そういえば毛虫がひどいんだよな。前の歩道とか、すごいよ。葉っぱに毛虫がわくんだよ。こういうのは、どうなの。市役所に言ったりすれば、なんとかなるのか」
「ああ、桜の木にね。言うだけ言ってみればどうです。たぶん市か町で植えたんだろうから」
「踏まずにここにたどり着くだけでもひと苦労だ」
「だから客が来ない」
「そう」

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  • 川光俊哉
  • @55ohguy
Toshiya Kawamitsu/第24回太宰治賞 最終候補 小説『夏の魔法と少年』/舞台『銀河英雄伝説』他、商業演劇で脚本を手がける/現在、山崎哲の後任として二松學舍大学文学部国文学科 講師

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