運動とうつ症状の改善、運動による海馬の神経新生など、近年の研究により、運動が脳の精神的な健康に良い効果をもたらすことが明らかになってきました。
今回、ユニバーシティカレッジロンドンとオックスフォード大学の研究者たちが発表した研究では、運動が認知機能に与える影響の持続性について重要な発見がなされました。
今回の発見から、運動による効果は、以前考えられていたように数時間や当日限りではなく、翌日まで持続する可能性があることが新たに示されています。
今回のテーマとして掘り下げていきます。
参考記事)
・A Few Minutes of Exercise Today Could Do Wonders For Your Brain Tomorrow(2024/12/17)
参考研究)
この研究では、50歳から83歳までの健康な認知機能を持つ76人のイギリス人成人が対象となりました。
被験者は8日間にわたり、以下の5つの認知機能を測定するテストを毎日受けました。
1. 注意力
2. 記憶力(エピソード記憶と作業記憶)
3. 実行機能(目標を計画・実行する能力)
4. 処理速度
5. 精神運動速度(環境の変化に迅速に対応する能力)
被験者は日常生活を送りながらウェアラブルデバイスを装着し、運動量と睡眠の質を記録しました。
研究チームはこれらのデータをもとに、運動や睡眠と認知機能の関係を詳細に分析しました。
研究の結果、前日に中程度の身体活動(心拍数が上がる程度の速歩や軽い運動など)を行った場合、エピソード記憶と作業記憶のスコアが最も高いことがわかりました。
特に、次のような関係が明らかになっています。
• 30分の中程度の運動を追加するごとに、エピソード記憶と作業記憶のスコアが約0.15標準偏差向上
• 前日に座りがちな行動が多いと、作業記憶のスコアが低下
これらの効果は、前夜の睡眠の質を考慮に入れても大きく変わらなかったと研究者は述べています。
つまり、運動は他の要素とは関係なく、独立して認知機能に効果を与えることが示唆されました。
次に、研究チームは運動とは無関係に睡眠データを分析しました。
その結果、睡眠時間が長いことが、特定の認知機能の向上に関連することがわかりました。
• スローレム睡眠(ノンレム睡眠の中でも深い睡眠) は、エピソード記憶(特定の出来事や経験の記憶)の向上と関連
• レム睡眠(浅い睡眠) は、翌日の注意力スコアの向上と関連
睡眠は脳の回復にとって重要であり、特に深い睡眠が脳の記憶を強化する役割を果たしていると考えられます。
運動は、脳への血流を促進し、エンドルフィンやセロトニンなどの神経伝達物質の放出を増加させることで、脳の健康に直接的な影響を与えます。
さらに、次のような具体的なメカニズムも考えられています。
• 海馬のニューロン接続性の向上
運動は、記憶と学習を司る海馬のニューロン間のつながりを強化する可能性がある
これにより、記憶機能の向上が期待される
• 海馬の体積増加
定期的な運動が海馬の体積を増やし、認知機能の低下を遅らせる可能性がある
• 血流と酸素供給の増加
運動が脳への血流を増加させ、より多くの酸素や栄養素が脳細胞に届くことで、脳の働きを活性化
近年の研究では、運動の種類や強度によって脳への影響が異なることも明らかになっています。
• 中程度の運動(速歩や軽いジョギング)
誰でも取り組みやすく、即効性があり、記憶力や思考力の改善につながる
• 高強度インターバルトレーニング(HIIT)
半年間の継続で、数年間にわたる認知機能の維持効果が見られる
これらの研究は、激しい運動が困難な人でも、軽度から中程度の運動で十分な効果が得られることを示しています。
今回の研究は小規模ではあるものの、運動が即時的に脳に与える認知効果が思っていた以上に長く続く可能性を示しています。
一方で、さらに多くの参加者を対象とした大規模な研究が必要とされています。
研究者たちは、運動と睡眠の質を組み合わせることで、認知機能のさらなる向上が期待できるとしています。
・中程度の運動は、翌日まで認知機能(特に記憶力)を向上させる
・良質な睡眠、特に深い睡眠は、記憶や注意力の向上に寄与する
・日常的に適度な運動と十分な睡眠を組み合わせることが、脳の健康維持に効果的である