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「忘れること」の進化上のメリット

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  • 2024/11/07 15:51

 

昨日の朝食のメニューを思い出せない……」、「部屋に入ったものの、なぜそこに来たか忘れた……」などなど、日常生活で忘れることは誰にでも起こります。

 

このような「忘れる」現象は、単なる記憶力の衰えの兆候なのでしょうか?

 

それとも、進化の過程で人間にとって何かメリットがあるのでしょうか?

 

この疑問について考察したのが、19世紀のドイツ人心理学者ヘルマン・エビングハウスです。

 

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ヘルマン・エビングハウス(1850~1909年)

 

エビングハウスは「忘却曲線」という理論を通じて、記憶は急速に減少し、その後はゆっくりと衰えることを示しました。

 

この理論は後に脳科学者たちによっても確認され、忘却は自然なプロセスとして広く認められています。

 

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しかし、実験の前提が特殊なため、日常生活や勉強にそのまま当てはめることができるかどうかは疑問が残ることに注意が必要です。(詳しくは『学習の記憶保持率を明らかにした実験 〜エビングハウスの忘却曲線〜』 にて

 

さて、そんな「忘れる」という機能ですが、この一見メリットが見られないシステムにはどんな意味が隠されているのか。

 

今回のテーマとして以下の記事と研究を参考にまとめていきます。

 

参考記事)

There's an Evolutionary Advantage to Forgetting Things All The Time(2024/11/06)

 

参考研究)

Accelerated long-term forgetting in neurodegenerative disorders: A systematic review of the literature(2022/10)

An Update on Memory Reconsolidation Updating(2017/07)

Replication and Analysis of Ebbinghaus’ Forgetting Curve(2015/07/06)

Engineering a memory with LTD and LTP(2014/07/01)

 

 

「忘れること」の機能的役割

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私たちの脳は日々、膨大な量の情報にさらされています。そのすべてを覚えていたならば、重要な情報を見極めることが困難になるでしょう。

 

このため、不要な情報は無意識のうちに忘れることで、脳の処理能力を効果的に使えるようにしています。

 

ノーベル生理学・医学賞を受賞したエリック・カンデル研究をはじめ、多くの研究が示しているのは、記憶は脳内の神経細胞(ニューロン)間のつながり(シナプス)が強化されることで形成されるということです。

 

そのため、重要な情報に注意を向けることで、これらの神経のつながりが強まり、記憶が維持されます。

 

逆に、不要な情報は注意が向けられず、自然に忘れられるのです。

 

加齢によって注意力が低下すると、集中力が必要な記憶を保持しにくくなることがわかっていますが、それは私たちの脳が日々の些細な情報を捨て、重要な情報に集中するための一つの方法と考えられています。

 

 

記憶の更新とその進化上のメリット

記憶の維持だけでなく、更新も重要なプロセスです。

 

ある情報を更新することで、脳は変化に適応し、新たな情報に備えることができます。

 

例えば、毎日同じ道を通って通勤していたとしましょう。

 

しかし、ある日からその道が工事のために通行禁止になり、他の道を使わなければならなくなりました。

 

このような場合、脳は古い道の記憶を弱め、新しいルートを覚え直す必要があります。

 

進化的に考えると、こうした記憶の柔軟性は人類にとって重要な利点でした。

 

例えば、狩猟採集時代の人間は安全な水場を見つけると、そこへ訪れるために道順を覚えるでしょう。

 

しかし、ある日そこに危険な動物が現れたり、他の集団がいたりすることを知った場合、その記憶を更新して「もう安全でない」と認識する必要がありました。

 

そうしなければ、生存のリスクが増え、場合によっては集団や村の危機にも直結します。

 

このように、記憶を更新することで新しい環境に適応しやすくする能力は、人間の生存に役立つ要素だったのです。

 

 

一時的な忘却と「舌先現象」

また、忘れることは必ずしも記憶そのものの消失を意味しない場合もあります。

 

その代表的なものが「舌先(したさき)現象」です。

 

知り合いを目の前にして、「喉まで出かかっているが出てこない」と感じるのはその典型です。

 

この現象は、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズによって心理現象として言及され、その後、ロジャー・ブラウンとデイヴィッド・マクニールによって1960年代に研究されたことで命名されました。

 

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ウィリアム・ジェームズ(1842~1910年)

 

彼らは、この現象を経験している人々が単語の一部を言い当てる確率が偶然よりも高いことを発見しました。

 

これは、情報が完全に失われているのではなく、ただ一時的にアクセスできないだけであることを示唆しています。

 

この現象がより頻繁に見られるのは、年齢とともに知識が増えることで、脳が多くの情報を整理して処理しなければならないからかもしれません。

 

記憶にアクセスしようとするとき、脳は膨大な情報から目的の情報を見つけ出そうとします。

 

「舌先現象」は、記憶が完全に失われたわけではなく、根気よく探せば思い出せる可能性があることを脳が知らせているサインだといえます。

 

 

忘れることの意義

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以上のように、私たちが情報を忘れるのにはいくつかの理由があります。

 

・注意が向けられていないために記憶が形成されにくいこと

・記憶が時間とともに自然に消えていくこと

・新しい情報に対応するために古い情報が更新されること

 

などがその代表です。

 

また、忘れたと思った情報が単にアクセスしにくくなっているだけの場合もあります。

 

こうしたさまざまな忘却のメカニズムが、脳の効率的な機能を支え、長い進化の過程を通じて私たちの生存に貢献してきたのです。

 

しかしながら、アルツハイマー病のように記憶喪失が深刻な問題となるケースもあります。

 

こうした病気では、日常生活に支障をきたすほどの記憶の欠如が見られるため、忘却のメリットだけでは片付けられません。

 

それでも、通常の忘却が私たちにとって重要な役割を果たしているのは確かです。

 

このことを理解することで、私たちは物事を忘れることに対して少し寛容になれるかもしれません。

 

 

まとめ

・「忘れること」は脳の効率を高めるための自然なプロセス

・記憶を更新し続けることは、変化する環境に適応しやすくし、過去の危険を避ける助けとなる

・「舌先現象」のように、一時的にアクセスが難しいだけで記憶が完全に消えているわけではないことも多い

 

 

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