鳥類の性淘汰に関して議論を白熱させたダーウィンとウォレス。
派手な模様がある生物は、クジャクやセイランなど一部の鳥類に限りません。
昆虫では、チョウにもオスかメスのどちらか一方が派手な種類が多く存在します。
二人は、セイランの性淘汰に続き、チョウに対しても議論の幅を広げます。
ダーウィンは、オスが派手でありメスが地味な種のチョウの例を挙げました。
このことから、クジャクやセイランのように、メスがより魅力的なオスを選ぶことでオスの色が派手になっていくという“性淘汰”を支持しました。
一方ウォレスはその真逆で、オスが地味でメスが派手な種のチョウを例に挙げて反論しました。
ウォレスは、メスが「擬態」することによって天敵から身を守るために派手になっていくという“自然淘汰説”を支持しました。
ここにおいても、それぞれ淘汰説の理論が対立したのです。
上項で登場した“擬態”について説明する上で、欠かせない人物がいます。
イギリスの博物学者ヘンリー・ベイツです。
彼は、ウォレスとともにアマゾンで生物の研究に勤しんだ人物で、特に昆虫の分野での功績が注目されています。
蛾なども含め、300種類以上の新種のチョウを発見し、その生態についても深く研究していました。
ジャコウアゲハなど一部の昆虫には、幼虫の時に毒のある植物を食べ、成虫になっても体内にその毒を蓄えることで外敵から身を守るという生存戦略を取る種類がいます。
そうした毒のあるチョウは、赤や黄色の警戒色で鳥などの天敵に警告したり、わざとゆっくり飛んで自分に害があることをアピールすることがあります。
その一方、毒がないにも関わらず、派手な模様を持つ種もいます。
こういった種はミミックと呼ばれ、警戒色だけでなく飛び方まで真似をしたりします。
ベイツが南米を訪れた際、ドクチョウによく似た姿のシロチョウを発見したことからこの生態が知られるようになり、現在では「ベイツ型擬態(Batesian Mimicry)」と呼ばれています。
ベイツと旅を共にしたウォレスは、ミミックとなるのはメスの場合が多いことを観察していました。
これを踏まえウォレスは、チョウでメスだけが派手な模様になる理由をこう考えました。
「チョウのメスは卵をたくわえて体が鈍重となり、なおかつ鳥類からは栄養豊富なエサとなる。
よってメスは比較的狙われやすいため、擬態する能力を獲得した」
やはり、天敵から身を守るために派手になっていくという“自然淘汰説”を譲りません。
ベイツ型擬態に強く感銘を受けていたダーウィンもこの意見を受け入れていました。
しかし、こう反論もしていました。
「もし擬態によって、天敵から逃れられるのであれば、メスだけではなくオスもそうなって良いはずである。
派手な色を背負うことの説明は、擬態だけでは説明ができない。」
こちらも依然として、性淘汰を支持する立場を譲りません。
擬態を通して二人はまたしても、激しく議論を交わしていました。
現代の研究では、どちらかといえばウォレスの意見を支持する結果が出ています。
メスは体が大きく、飛ぶ速さもオスに比べて遅いため、鳥から狙われやす傾向にあります。
そのため、擬態する能力が低いメスが淘汰されていったと考えられます。
オスは飛ぶスピードも速い為、天敵を回避しやすい傾向にあります。
これに加え、擬態することは生理的な負担が大きいことから、わざわざオスまで擬態する必要はないという考えが一般的です。
しかしそれではダーウィンが主張する、派手な模様のオスがいる理由が説明できません。
その様な種に関しては、自然汰ではなく性淘汰によって進化したと考えると筋が通ります。
性淘汰に関してはまだまだ議論の余地があり、現在でも研究の対象となっています。
現段階では、ダーウィンもウォレスもそれぞれが正解だと言って良いでしょう。