「君、リーダーやってくれる?」
ITってなんかカッコいいかもーー。
文系にもかかわらずイメージだけでシステム会社に入社した私。
まったくプログラミングができず苦労していた最中、インターフェース仕様調整のリーダーを任された。
入社してちょうど6か月目だったと思う。
案件は、3桁億円の巨大プロジェクト。
フェーズは要件定義。
100人規模の要件定義担当者が集結していた。それでも人手が足りず、新人にリーダーを任せざるを得なかったのだろう。よくわからないまま取り合えず指定されたチームに入る。
顧客との仕様を調整し、子会社の開発チームと開発難度をすり合わせる。初めてのことだらけだったが、新人ながら権限委任をしてもらったおかげでモチベーションも高く充実した毎日だった。開発チームからの信頼も徐々に獲得していた。
営業サイドに少し問題があるようだったが、
要件定義フェーズは当初計画通りに進んでいた。
年が明け、いよいよシステムの基本設計に入ろうとしていた頃だろうか。
朝から人事との面談があったため、別のビルに立ち寄った後いつものオフィスに向かう。
扉の前でIDカードをかざし、認証する。
「おはようございま...」
扉を開ける手が止まる。
フロアを間違えたのだろうか。
いや、そんなはずはない。
だって、認証したもの。フロアごとにセキュリティ管理されているこのビルで、違う部屋に入るなんてことはあり得ない。
いつも騒がしいはずの大きなオフィス。
しかし、今目の前に広がるのは、
誰もいない、がらんとした空間。
一体私は何を見ているのか。
嫌な予感に、悪寒がはしる。
「君、どこのチームの人?」
後ろから見知らぬ顔が話しかけてくる。
あ、仕様調整です。
ぺこりと挨拶をする。このプロジェクトは大きすぎて全員の顔を覚えきれない。どこか違うチームの方なのだろう。
「連絡きてなかった?」
いえ、、、何か、あったんですか?
「案件ね、なくなったから」
その直後、会社携帯が鳴る。
上司からだ。緊急会議を別ビルで開くのですぐ来いとのこと。
プロジェクトがなくなったってどういうこと?
混乱した頭のまま急いで向かう。
プロジェクトマネージャーである上司から、集まったメンバーに説明が始まる。
「プロジェクトは、失注した」
え?
要件定義入る前に契約締結するんじゃないの?
システム開発に詳しい方ならそう思うだろう。
ことの経緯は簡単だ。
営業が契約を巻けないままプロジェクトを遂行していたのだ。そうこうしているうちに、下請けで入っていたはずのシステム会社が裏で営業をかけていた。どうやら腕のいいコンサルチームを抱えていたようだ。
戦略からITまで面倒を見てくれるところに我々はお願いしたいんだ。
それが客からの最終通告だったらしい。
そこには、約30名のメンバーたち。
残り70名はすでに解散し、この会議には参加していない。
「私は、マンションまで借りてこのプロジェクトに参加しているんですよ!」
「家族になんて説明すればいいんですか!」
子会社、関連会社の社員たちが動揺し、上司に詰めかけている。
親ほどの年齢の方々が、目を真っ赤にし混乱している姿。
ああ、よくわかった。
パニックに陥っている人々をぼんやり眺めながら心の中で呟く。
負けたら、地獄だ。
ビジネスで負けたら、こうなるんだ。
やむ得ずもらった「リーダー」の称号に、急に重みを感じる。
自分が指示を出し、面倒を見てきたメンバーたちはもういない。
一方的に契約を切られる者も出てくるだろう。
客とも、下請けとも、裁判合戦になる。
もう、見たくない。
手短な説明をうけ、帰路につく。
通りかかった書店の前で足を止める。
しばらく店内を眺めたのち、ビジネスコーナーで本を手にする。
目についた書籍4冊を購入し、店を出た。
コンサルタント、だっけ?
せいぜい調べさせてもらおうか。
彼らに二度と仕事を奪われないように。
もう二度と、負けないように。
10か月後、奪われたはずのプロジェクトは舞い戻ってきた。
意気揚々と戦略を立て、壮大なシステム開発計画をぶちあげたはいいが、業務が全く分かっておらず仕様調整が大幅に遅延。システム設計も緩すぎて、とてもクオリティーチェックを通るものではなかったらしい。
しかし運命とは皮肉なもの。
数か月後、私はコンサルタントになるよう異動命令を受けることになる。
MALIS