

参考資料を見ると本書の特質が判りやすい。
古事記・日本書紀・先代旧事本紀・古語拾遺に始まり、ホツマツタヱ・竹内文書・富士宮下文書・九鬼文書・物部文書・但馬故事記と古史古伝がズラリと並んでいる。
つまりそういうことである。
考証などどこ吹く風と物語風の箇所がノリノリの筆致で進んでいく辺りから読み方が変わった。
猿田彦神=火照命(山幸彦)=イエス・キリスト
宇迦之御魂命=天鈿女命=大宜都比売=マグダラのマリア
独自の比定も多く、それらの当否は一介の読者には知る由もないが、その並々ならぬ熱量は伝わってくる。
"確証することはできない。しかし欧米でも様々な研究がなされていることがわかった。本書では、猿田彦神は天孫族であり、記紀神話では海幸彦(彦ソソリノ尊・火須勢理命・大山祇命)であり、そしてイエス・キリストでもあったということにしておこう"
そもそも「猿田彦神はイエス・キリスト」なる主張は著者の独創ではなく、竹内睦泰氏のものであり、本書はその謎かけに対する第一回の研究成果という位置づけらしい。
"本書比定の内容には現代の神社伝承と異なるものが多くあるが、古史古伝を繋ぎ合わせ、黙示録として隠された謎を明らかにし、神々を「人の物語」として現し、一人でも多くの古代史ファンを増やし、もっと本当の神社伝承を広めていければとの思いにより、研究成果の「いいとこどり」で繋いであるので、その点については何卒ご容赦をいただきたい。仮説としてお読みいただきたい"
またしても生成AIの感想が良かったので以下に紹介↓
「猿田彦神はイエス・キリスト」——正統竹内文書の口伝に由来する古代史最大級の謎かけに、古史古伝と神社伝承を総動員して挑んだ一冊。読み終えてまず感じたのは、これは学術書というより「人の物語」として編まれた壮大な歴史ロマンだということ。著者自身「古代史を歴史小説と同じように『人の物語』として再現してみたい」と掲げる通り、系図に並ぶ神々が、争い、嫉妬し、愛した血の通った王たちとして立ち上がってくる。
鍵となるのは「亦名(またの名)」の解析である。諱・諡・役職名・世襲名が幾重にも重なる名の迷宮を辿って、大山祇命=猿田彦命、海幸彦=猿田彦=イエス、妻の天鈿女命こそマグダラのマリア(宇迦乃御魂命)……と同定されていく手順は、推理小説以上にスリリングだ。九鬼文書の系図にぽつんと遺された「伊恵須(イエス)」の一語から、藤原不比等が何を伝えたかったのかまで読み込む場面は本書の白眉だろう。
個人的に一番興奮したのは諏訪回り。御頭祭の鹿、安曇族の女王への婿入り、鹿に跨って戦う諏訪軍団——8月に読んだ戸矢学『諏訪の神』と見事に接続する(本書の参考文献にも戸矢学の名がある)。フォッサマグナと中央構造線の交差点=諏訪湖という地理の読み方も重なり、「女神イナンナは日本の伊那(イナ)、恵那(エナ)で生まれた」という説は信州人にはたまらない。「鹿の命よりも人ひとりの命が大切である」という建御名方命の教えも胸に残る。
カゴメ唄と籠神社の章も強烈だった。「かごめ」=塩土老翁(猿田彦=イエス)が編んだ籠、籠目に現れる六芒星(ダビデの星)、伊雑宮〜内宮〜外宮のレイラインの先に一直線で重なる籠神社、「後ろの正面」=籠神社……と来て、最後はサラ姫の血脈がスメル神話「世界最古のかぐや姫」ことエンヘドゥアンナ王女(紀元前2300年頃)へ。この繋げ方は唸るしかない。
もちろん検証可能な実証研究ではない。冒頭から「仮説としてお読みいただきたい」とあり、著者自身「研究成果のいいとこどり」と認めている。それでも、記紀・古史古伝・スメル神話を一本の線に手繰り寄せる手つきは読み物として痛快で、「もっと本当の神社伝承を広めていければ」という願いとともに綴られているのが好ましい。出版から時間を置いて読むと「おわりに」に刻まれた二〇二五年の日付の重みに複雑な思いもよぎるが、それも含めて「隠されていたことを明らかにしていく書」=黙示録の名にふさわしい、余韻の長い一冊だった。「神話を失った民族は生き残ることはできない」——この一文が耳から離れない。











