11日(火)朝、耳鼻科に行き、突発性難聴になってから2回めの聴力検査をした。自覚症状としてはよくも悪くもなっていない感じで、左耳はまだ詰まっているような感覚があるのだが、データ上では聴力の改善が見られた。
マーク式とか選択式の問題集を解いているときを思い出す。きちんと理解して答えを導き出しているのか、マークする場所とか数字の順番を覚えてしまっていてできた気になっているだけなのか。
聴力検査というのはたぶん法則が決まっていて、次にこの音がこのタイミングでくるとおもっていれば聴こえなくても指が勝手に反応してボタンを押してしまうのではないか。それも、片耳は通常なのであるから、いちどその聞こえるほうの耳で検査をしてしまったら、聞こえにくくなっている耳でもどのタイミングでどの音がなるのかわかってしまうために、勝手にボタンを押してしまっているのではないか。あまりに小さな音なので、ほんとうは聴こえていなくても幻聴が鳴ってしまうことがあるのではないか。
そんなことを考えた。わたしは、わたしの左耳を信じられずにいたが、データ上では聴力の改善が見られて、この世でいちばんまずいといわれる病人用チュールは、1日3回の服用から1日2回の服用に減った。まだ3回飲んでいたいような気もした。なぜなら自覚症状は先週とちっとも変わらず、よくはなっていないのであるから。
でもそれももしかすると錯覚なのかもしれない。もうわたしにはよくわからない。突発性難聴になるまえにどのように聞こえていたのかを思い出せずにいるし、突発性難聴になった瞬間の聞こえの悪さがどのようなものだったのかも明確にわからない。だから、薬を処方されてそれを飲み続けていた1週間で、聴力が少しずつ戻ってきているのかどうかがはっきりとわからない。
でも気がつくのは、わたしの突発性難聴はその程度であり、だいぶ軽度ということだ。きっとほんのちょっとのエラーが起こっていて耳が詰まる感覚がし、聴力はそこまで落ちていないけれどもでも変だぞという、絶妙な違和感を脳に送っているのだ。
まだ元に戻る気配はないことはわかる。これはこのままこの違和感を持ち続けながら一生を暮らすことになるのかもしれないと覚悟を決める。わたしは自分のことになるとほんとうに諦めるのがはやいので。
でもふとした瞬間にポンッと空気が抜けることを願って……。
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2日間UPしていなかったのは、書けなかったわけではなく、がんばって体を休ませようとして眠ろうとしていたから。
やはり眠ることはだいじだ。