

1990年代中盤に30代を迎えた執筆者は、製造業でブラック企業、ブラック労働、そしてブラック賃金という「3ダーク」に直面し、やむなく自主退職を決断せざるを得ない状況に追い込まれました。当時、職場には若い世代がおらず、退社後のサードプレイスも存在しない中で、自ら悩みや精神的負担を抱え込まなければならなかった経験は、客観的に見れば人間を粗末にした法人の責任が極めて重いものでした
その後の職業安定所の案内に従い、民間事業者による社会復帰を目指しましたが、紹介された求人先でも再び同様の過酷な環境に遭遇し、二度目の自主退職を余儀なくされました。現在の物書きの世界に足を踏み入れたのは、トップダウンの指示待ちではなく、自力で動き結果が可視化される世界で活躍することこそが、執筆者の生きがいであると気づいたからでした
しかし、変わりゆくインターネット規制の影響を根底から受け、現在の活動は事実上の停滞期間に突入しています。その時に実施したクールダウン期間において、これまでの人生を客観的に俯瞰してみることにしました
思い返せば、世の中の当たり前を生きてきた結果、厳しい現実と表裏一体となったブラック労働環境に遭遇し、自身の能力が壊滅的なダメージを受けたことが大きな要因です。この先の人生で自身が自立・独立して生きるための経験と実績を身につけなければ、それは死に直面することを意味すると痛感しました
上下関係の中で誰についていくのかを客観的に判断することが苦手だったこと、そして安易な決断を下してしまった結果、真っ暗な人生に突き落とされた運命であったことを、今は冷静に振り返ることができます
この先をどう生きていくのかが、これからの人生を一気に決定づけるターニングポイントとなっているのを肌で痛感していますが、判断を素直に行えない自分自身との葛藤も続いています。社会で「負け組」と言われることは完全に感情論であり、そう決めつける人々の判断がすべて主観的なものであることは、客観的な視点から明らかです。もちろん「勝ち組」についても同様ですが、それが真実であるとする見方もまた明らかな間違いであると言えます
日本を外から見れば、国としての力が弱まっていることを主観的な肌感覚で痛烈に感じます。世界的大企業をけん引する経営陣を見渡しても、日本人や日系人が不在である一方、中華系やインド系の移民出身者が数多く名を連ねている現状は、日本の相対的な低下を客観的に示す証拠と言えるでしょう
執筆者自身、日本人と付き合うよりも、世界の人々と公平に関わっていく方が正論であると気づき、誹謗中傷や排他的な傾向が見られる一部の日本人とは異なり、世界と公平に生きていく一人の人間としての選択をしました。現在の執筆者の基盤となっている性格や国民性の多くを、漢民族の持つネットワーク意識や姿勢に合わせて変化させたことで、世界と対等に渡り合えるようになっています
日本人が外国人に対して閉鎖的になっていく中で、執筆者はその逆を歩む人生を選びました。日本が弱体化した背景には、世界を公平かつ対等に扱わない国民性が要因にあると見ており、あらゆる原動力を検証してもそれが真実であると確信しています
この先、日本に住む外国人が定着しにくくなる状況の中でも、外国人と共に生涯を過ごすことを目標としています。これは、日本人に対する信頼感が厳しくなったからです。現時点でも日本人に対して半信半疑の態度を持たざるを得ず、日本の国民性が改善に向かうどころか悪化の一途をたどっているように感じています
仮に日本人ファーストの政策が取られるのであれば、投稿者自身にも同等の扱いを受けるのが筋ですが、それを認めず筋を通さない日本人が存在することも認識しており、その方々が執筆者自身と会話で解決できない場合、警察への通報や民事訴訟も視野に入れた法的措置を辞さない構えです
これまでの人生を台無しにしたような環境や思考を持つ日本人を決して認めるのではなく、むしろ排除すべきだと考えています。世界と公平に生きる姿勢を持つ日本人を見つけ、その人を信頼し、私が独り立ちするまで互いに育て合えるような出会いを求めています
もしそのような出会いがないならば、日本人との交流を封印し、世界と直接向き合う道を選ぶしか方法はありません。いたずらな対立や誹謗中傷は厳禁であり、人類の公平な共存と個人の自立という本来の目的を考慮し、事前の法的準備と対話による予防行動を心がけることが、新たな時代を生き抜くために必要不可欠なんです
文・編集:執筆者










