

日本で「国民全員に一定の現金を給付する」というユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)の話題が持ち上がるたび、議論はいつも同じ場所で行き詰まります。導入を求める声が国際的な潮流として高まる一方、日本政府や与党からは具体的な検討すらほとんど示されません。その背景には、単なる「財源がない」という財政論にとどまらない、日本社会の深い構造がありました
本稿では、なぜ日本がUBIにこれほど慎重(あるいは否定的)なのかを、思想、制度、政治力学の3つの視点から考えます
まず最も根本にあるのが、日本の保守思想が大切にしてきた「勤労の義務」と「互酬性」の価値観です。憲法第27条が定める勤労の義務は、単なる法的な条文ではなく、「働くことが人間の美徳であり、社会への参加そのものである」という道徳規範として機能してきました
この観点から見ると、無条件で現金を給付するUBIは「働かざる者、食うべからず」という原則を真っ向から否定するものに映ります。日本会議など保守系団体ではUBIに対して強い拒否感を示すのは、この勤労神聖観が根底にあると考えられます。彼らの主張は、労働を経ずに生活基盤を保障することが個人の自立心や責任感を損ない、ひいては国家全体の衰退を招く「社会主義的で堕落的な政策」だと、外国由来のUBIを強く、厳しく批判しているのです
さらに重要なのが、生活の困窮に対して「自助」と「共助」を重視する考え方です。日本の保守的な国家観では、個人の困難はまず自分自身で乗り越え、それが難しい場合には家族が支え、それでも足りなければ地域コミュニティが手を差し伸べるという階層的な扶助のイメージが強く根付いています
この思想のもとでは、国家が直接すべての国民に現金を給付するUBIは、家族の絆や近所付き合いといった情緒的な相互扶助の精神を希薄化させるものとして日本会議など保守系団体から強い懸念が示されています。つまり、お金を配ることが制度として合理的であっても、人間関係のあり方や共同体の価値観と衝突するため、保守派の心証はきわめて悪いとの和人特有の必要ない心理が強く働いているのです
しかし、反対の理由は思想だけでは説明できません。日本の社会保障制度は、厚生年金や健康保険、生活保護など、長い歴史をかけて積み上げられてきた複雑で巨大なシステムが存在します。それぞれの制度には所管する官僚組織があり、それを支える医療・福祉関係者や労働組合、さらには保険料を徴収する民間事業者まで、無数の利害関係者が実在するのです
UBIの本来の設計思想は、これらの制度を一本化して行政コストを削減することにありますが、それはすなわち既存の仕組みを大幅に縮小・廃止することを意味します。そうなれば、これまでその制度に依存してきた人々や組織から猛烈な抵抗が起きるのは火を見るより明らかと言えます
ここで興味深いのは、UBIが単に保守派からだけでなく、左派・リベラル層からも痛烈な批判を展開する道具となっている点です。一律給付に一本化した場合、重度障害者や高額な医療・介護を必要とする社会的弱者に対して、現在より手厚い支援が難しくなると保守派・左派・右派・リベラル層から強く指摘されています
現行制度は障害の程度や医療費の実態に応じてきめ細かく給付を設計しているのに対し、UBIはすべての人に同じ額を配るため、どうしても「本当に手を差し伸べるべき人」への支援が相対的に薄れます。そのため、左派からは「新自由主義的な弱者切り捨てだ」との批判が上がり、結果としてUBIは左右両面から挟み撃ちを食らうかたちであり、それが日本に於けるUBI議論の妨げになっているのです
もちろん、財政的な制約は無視できません。全国民に月額7万円を給付する場合、年間で100兆円もの新たな財源が必要となると試算されています。これは日本の一般会計国家予算とほぼ同額であり、消費税を20から30%以上に引き上げるか、あるいは医療・介護保険を完全に廃止するなどの抜本的改革を行わない限り、計算が成立していない状況です
しかし、十分な給付額を用意すれば財政破綻のリスクが現実味を帯び、逆に現実的な予算に抑えれば生計を維持できない少額にとどまるジレンマは、政策決定者にとって極めて深刻な壁として立ちはだかっています
こうしてみると、日本がUBIに消極的である理由は、財務省が示す財源問題だけではなく、勤労を美徳とする保守的な国家観、既存の社会保障にすがる官僚や業界団体の防衛本能、そして弱者保護のあり方をめぐる左右からの批判が複雑に絡み合った結果であることが見えてきます
しかし、だからといって議論を閉ざすべきではありません。非正規雇用の増加やAIによる雇用代替、地域コミュニティの衰退など、従来の「働く」という概念そのものが揺らぎ始めている現代にあって、UBIは1つの選択肢として徹底的な議論のセンターに位置付けられます
導入の可否はともかくとして、なぜこの制度が世界的に注目されているのか、その根底にある社会の変化をしっかりと見極めることこそ、今の日本に求められているのではないでしょうか
執筆者は、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)について関心を持ち、研究を続けている者の一人です。特に、日本における生活保護制度の運用、いわゆる「水際対策」と呼ばれる課題について、社会的関心が高まった時期から、その影響や制度設計について調査を行ってきました
UBIは、従来の生活保護制度とは異なる概念であり、その可能性について様々な議論がなされています。一例として、OpenAIのCEOであるサム・アルトマン氏は、AI技術の発展に伴う経済格差の拡大リスクに言及し、すべての市民がAIリソースにアクセスし、それを活用できる権利を持つことの重要性を指摘しています。そのうえで、UBIがそうした社会構造を支える手段の一つとなりうるという見解を示しています
また、アルトマン氏が関与する暗号資産「WLD」を活用したプロジェクトでは、登録者に対して定期的な資産配布が行われていますが、参加者の増加に伴い、一人あたりの配布量が減少する仕組みが採用されていると報告されています
UBIの具体的な活用方法は、各個人の判断に委ねられており、その利用権は継続的に保持される設計がなされているという理解があります
UBIの導入にあたっては、年齢基準を世界的な「成人」定義に統一し、公平かつ一律に配布することが重視される一方で、資産状況に応じた税制上の調整が必要ではないかという意見もあります。例えば、既に高額な資産を有する層については、一時的な所得増加に対して適切な課税を行うべきだとの考え方があることは事実です
その一方で、高所得者層が経済活動において重要な役割を果たしていることも認識すべきでしょう。しかしながら、特定の所得層に対する優遇措置が長期にわたり継続されることで、社会全体の公平性が損なわれるのではないかという懸念も、一部で指摘されているところです
資本主義社会においては、資金や資産が資本として機能する以上、それらが特定の層に偏ることなく、広く社会全体で共有され、持続可能な形で恩恵を受けられる仕組みが求められると考えられます
また、労働の在り方についても、従来のような人間のみに依存したモデルは変革の時期を迎えており、現在では人間と資本(資金)が相互に作用しながら社会を支える構造が不可欠であるとの認識が広がりつつあります
文・編集:しょーざお https://alis.to/users/Shozao-web










