

学生時代に現在の福井県福井市を代表するプロジェクタースクリーンを手掛ける製造工場の代表取締役社長になった人物を一目惚れし、いつの間にか業界の中で生き続ける執筆者
なぜ、こんな1人ぼっちの世界へと飛び込み、現在も生き残り続けているのか。今回の投稿でその真実が明かされます。今回、執筆者のストーリーをかんたんにまとめてみましたので、さいごまで読んでくれると嬉しいです
執筆者がまだ学生時代の頃、インターネットの世界を楽しんでいる最中、ある個人ブログに遭遇します。それが現在の福井県福井市を代表するプロジェクタースクリーンを手掛ける製造工場の代表取締役社長になった人物でもあります
その個人は当初、ガジェットブログ、料理ブログ、旅行ブログ、雑記ブログの4本をWordPressで構築したブログを運営していました。少なくとも、Web屋さんの実績を示すために、4つの個人ブログを運営していたと思います
執筆者はそのうちの1つである『ガジェットブログ』で当時所有していたNintendo 3DSに関する記事を探しているとき、その人の個人ブログと出会い、そこから自然に読者となっていました
実は、同じタイミングで、その人が運営するYouTubeチャンネルも知り、Googleアカウントと紐づいていたYouTubeアカウントを使って、その人のYouTubeチャンネル全てを登録しました。多分、チャンネル登録者数が10万人の時のだった頃だと思います
当時の執筆者は、このYouTubeチャンネルが唯一の娯楽として楽しんでいました
成人に近づくにつれて、『あの人のような個人ブログを自身もやっていきたい』と自然に湧き出て、成人になったタイミングで、個人ブログを開始しました
さいしょは雑記からスタートしましたが、まあ、読者が私自身しかなく、ページビューもそこまで多くなかったです
雑記ブログで成長の鈍化に悩まされていた時、現在の福井県福井市を代表するプロジェクタースクリーンを手掛ける製造工場の代表取締役社長になった人物が1本の雑記動画をYouTubeにアップしたことで、人生を大きく変える転換点となりました
それは、個人ブログをやり始めて半年の頃、プロジェクタースクリーンを手掛ける製造工場の代表取締役社長になった人物が動画内で『まずは、行動することが大事だ』と述べ、そのあとから、首都圏の大型カンファレンスイベントの案内が出されました
このイベントに実は、プロジェクタースクリーンを手掛ける製造工場の代表取締役社長になった人物もそのイベントスタッフとして関わっていました
その後、首都圏の大型カンファレンスイベントの運営メンバーが一斉にライブ配信する『ハングアウト・オンエアー』という仕組みを利用したYouTube番組が放送され、そこの番組でコメントから参加したところ、首都圏の大型カンファレンスイベントの運営委員会のトップの方から『あなたからの参加をお待ちしております』と声がかかりました
参加申し込みのページでまだ参加登録が間に合うことから、その場で参加登録。そのあとから、行き帰りの新幹線に滞在するホテルを予約したりしましたが、何とか首都圏に出撃する準備が整いました。実はこの時が人生初の単身での片道200km以上の遠出でした
単身1人で片道200km以上の遠出は大変でしたが、この経験が現在の土台となる、まさにターニングポイントでした
首都圏の大型カンファレンスイベントでは、多くの著名人やブロガーが登壇される中、そのイベントに協賛企業として参加していた日本マイクロソフト株式会社の担当者と密接につながり、まだ普及途上期だったWindows10のことを熱く紹介してもらい、Windows10を愛用する1つのきっかけにもなりました
首都圏の大型カンファレンスイベントに参加する中で、執筆者に声をかけてくださった、首都圏の大型カンファレンスイベントのトップと会場内で出会い、2026年現在も、薄いながら関係を持ち続けています
実はこの時から『物書きになろう』と固まっていました
その後、個人ブログをやめ、専門分野に特化したWebメディアを立ち上げ、完全に個人ブログから撤退。完全に現在の物書きへとステップアップしました
物書きをする傍ら、個人でもWebメディアで自由に記事を書こうと考え、現在のジャンクお宝鑑定団とシン・ジャンクお宝を立ち上げました
そして、国産Web3系投稿プラットフォーム『ALIS』がスタートしたタイミングに合わせて、Web3の世界でも記事を書くようになり、ALISの他、BULB、リードキャッシュの3つのプラットフォームで記事を書く【執筆者】の顔を合わせ持つ人物へとアップグレードしました
2020年の新型コロナウィルスの時、首都圏の大型カンファレンスイベントに知り合った人とオンラインで活動していた時、とあるライブ配信番組のパーソナリティーから「ここの番組のマネージャーになってくれない?キミしかいなんだ!」と熱烈なオファーをメッセージで受けました
さいしょは、ライブ配信のマネージャー経験が乏しい執筆者に『こんな自分で良いのか?』と戸惑いがあったものの、【このチャンスは巡ってこない!受けよう!!】と決心。2020年3月から、物書きをする傍ら、週1回のライブ配信番組のマネージャーを兼任するスラッシュワーカーとなりました
2026年3月でもうすぐ6年目に突入します。とくに祝うことはないですが、現在のライブ配信番組のマネージャーとして、その番組を陰で支える黒子になって、その番組を支えることが1つのルーティンワークとなっております
今回の投稿をふりかえります
このストーリーの核心は「憧れを原動力に変える圧倒的な行動力」にあります。物語の起点となったのは、現在福井県でプロジェクタースクリーン製造会社の社長を務める人物とのオンライン上の出会いです
学生時代にその人物が運営するブログやYouTubeに魅了された執筆者は、単なる「ファン」で終わるのではなく、自分自身も「表現者(物書き)」になる道を選択しました。その後、人生の転換点となった首都圏の大型カンファレンスを単身1人で参加したことで、現在の土台となった実績に大きく変わります
当時、単身での遠出経験がない執筆者であったものの、「行動することが大事だ」という憧れの人の言葉を愚直に実践し、200km以上の距離を越えて飛び込んだ勇気が、その後の日本マイクロソフト社との繋がりや、業界のトップ層との息の長い関係性へと結実していきます
その後、執筆者は個人ブログの枠を超え、専門特化型のメディア運営やWeb3系プラットフォームへの参入など、時代の変化を敏感に捉えながら自らの役割をアップデートし続けています。さらには、パンデミックという社会的な困難の中で、ライブ配信番組のマネージャーという「黒子」の役割を引き受け、2026年現在まで6年近く継続している点からすると、現在はすごく充実している真っ最中ではないでしょうか
一目惚れのような憧れから始まったこの長い旅路は、執筆者の「すぐ動く」という瞬発力と、「継続する」という粘り強さによって、孤独な挑戦から多くの繋がりを持つプロフェッショナルな日常へと昇華されたと振り返ります
今回の投稿で分かる真実は『一歩踏み出す勇気がいかに人生を遠くまで連れて行ってくれるか』という、普遍的で力強いメッセージが伝わってくると思います
2月は残りの学生時代や新社会人になるまでの準備期間ですが、残りの青春時代を楽しむには、なかなかそうはいかないのが現実です
執筆者は、青春時代を楽しんでおらず、卒業前から社会人経験を積み始めており、まとまった青春時代を送っておりません
しかし、ある1人の人物との出会いで、一歩踏み出す勇気がいかに人生を遠くまで連れて行ってくれるかが、自身の行動力と積極性が現在の大きな武器となっていると素直に思います
現在は複数の柱を構えながら生きている状況ですから、より安定した柱を時代に合わせて増やしたり整理していくので、これからもアップデートを続いていきますので、これからも、執筆者をどうか、応援していただければ幸いです
さいごまで読んでいただき、ありがとうございました










