
皆さんこんにちは。Rocuyonです。
今回の「懐・古・趣・味」は、「PHS」について紹介します。

1990年代後半から2000年代にかけて、中高生や大学生を中心とした若者の間で爆発的に普及した「PHS」。皆さんは使ったことがありますでしょうか? 携帯電話がまだ高価で「大人のビジネスツール」という側面が強かった時代に、手軽なコミュニケーションツールとして登場し、一世を風靡しました。
PHSは「Personal Handy-phone System」の略称で、1995年7月に日本国内でサービスが開始されました。
当時の携帯電話(セルラー方式)が、広範囲をカバーする大規模な基地局を中心とするシステムだったのに対し、PHSは街中の電柱や公衆電話、駅の構内などに小型の基地局(アンテナ)を多数設置する仕組みを採用していました。 技術的な成り立ちとしては、「家庭用のコードレス電話を、そのまま外の公衆網でも使えるように発展させた」ものだったわけです。
PHSの最大の特徴は、何と言っても「料金の安さ」でした。 基地局の設置コストが携帯電話よりも大幅に安く済むため、端末代や月額基本料、通話料が非常に低く抑えられていました。これが学生のお小遣いでも維持できる水準だったため、「ピッチ」という愛称で若年層に大ヒットします。
また、音質が固定電話並みにクリアだったことも大きな魅力でした。さらに、データ通信への適性も高く、後年にはDDIポケット(のちのウィルコム)が展開した「Air-H"(エアーエッジ)」など、定額制のモバイルデータ通信サービスがいち早く提供されました。現在でいうところの「モバイルWi-Fiルーター」や「格安SIM」に近い、通信費を抑えるための選択肢としても重宝されていましたね。
一方で、PHSならではの弱点や限界もありました。
1つの基地局がカバーできる範囲が半径数百メートル程度と狭かったため、地下街やビルの奥深く、山間部などでは電波が入りにくいという物理的な問題がありました。 また、初期のころは高速移動中の通信の切り替え(ハンドオーバー)が技術的に難しく、「電車や車に乗っていると通話がすぐに切れてしまう」という弱点も抱えていました。 当時、「窓ガラスにへばりついてピッチで話す」といった光景を見たことがある方もいるのではないでしょうか。
2000年代に入ると、携帯電話の通信料金が劇的に下がり、「家族割」などの割引サービスも充実し始めます。また、携帯電話でも高音質な通話や高速なデータ通信が可能になり、電波の入りやすさ(エリアの広さ)で劣るPHSは、徐々にシェアを奪われていきました。
NTTパーソナルやアステルといった事業者が次々と撤退する中、最後まで残ったDDIポケット(ウィルコム)は「定額通話(ウィルコム定額プラン)」や「データ通信特化」の路線で独自の生き残り戦略を展開し、根強いファンを獲得しました。 しかし、スマートフォンの台頭やLTE(4G)の普及により、独自のネットワークシステムを維持し続けることが難しくなりました。
結果として、PHSはソフトバンク(ワイモバイル)へと引き継がれた後、2021年1月31日をもって一般向けの音声通話サービスを終了しました。自動販売機などの通信に使われていたテレメタリング向けのサービスも2023年3月末に終了し、日本発の独自通信規格であったPHSは、四半世紀以上の歴史に完全に幕を下ろしました。
PHSは、携帯電話がまだ高嶺の花だった時代に、誰もが持ち歩けるパーソナルな通信手段を切り拓いた偉大なパイオニアでした。 料金の安さで若者のテキスト文化(メール・ショートメッセージ)を創り出し、定額制データ通信の先駆けとして現代のモバイルインターネット環境の礎を築いた功績は、日本の通信史において非常に大きな意味を持っています。 現代の私たちの快適なスマートフォン生活も、かつてのPHSが切り拓いた道の上に成り立っているのかもしれませんね。










