現代での学歴とは何のためにあるのかと疑問に思ったことがある。親のため? 自分のため? それとも自慢するため?純粋に考え込んでしまった。学歴といってもとりあえず有名大学を目指す人も少なからずいると思うし この学校でしかできない勉強があるという人もいる。どれに当てはまるのか? 私は春から高校生になる。もし高学歴を狙うのであれば高校1年生から本格的に勉強しなければならない。どの選択が最善なのか考えなければならない。
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私自身は将来の夢を叶えるために勉強しているが、私の友人に親に○×大学に行きなさいと言われそのために、高校受験が終わっても一息する暇もなく勉強している子がいる。私は非常に疑問に思ってしまった。その子自身は大学に進学するのは決まっていてもその先が決まっていない。もちろん将来やりたいことが決まっている人が少ないことはよく聞く同級生にも多くいるがみんなある程度は将来のことを考えていて口をそろえて言うのが偏差値の高い大学をとりあえず目指すという意見が多い
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私自身10代でなぜ嫌いな教科を勉強するのか、小学生のころなんか勉強する意味が分からなくなってなんでこんな思いをしながら塾に行かなければならないのかと塞ぎ込んだ時期もあった。だが、中学生になるにつれて気づいたことがある。勉強には向き不向きがあるという事、当たり前だがとても大切なことだと思う。私にとって不向きなのは英語、向いているのは理科(特に生物)向いている教科についてはいい、どちらでもないものは努力を本当にすれば点数は上がるはずだ。しかし苦手な英語については勉強もしたくないし勉強の仕方もよくわからなかった。期末テストでひどい点数をいつもとっていた。だがヨーロッパに行くことになり英語は必須になった。だから毎日少しづつでも英語に触れるようにしたその結果リスニングだけは何とかできるようになってとてもうれしくて、達成感があった。私はここに勉強をする意味があると思った。社会に出たとき苦手なこと嫌なことに対してどの様に立ち回っていくのかということまたどの様に解決に持っていくのかが理由の一つとしてあげられるのではないかと思った。
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例えば将来の夢が医師ならば大学にこだわらずとも医学部に進学して医師免許をとれば夢は叶う。そこに偏差値は関係しないのではないかと思う。ただ最先端医学の道に行きたいとなったら研究レベルの高い大学に行った方が自分のためになる。ここには大学の偏差値という値は関係する。つまり有名大学に行くよりも私は自分のしたい勉強のできる学部選びの方が大切で、大学の偏差値よりもその学部でなにを勉強して将来なににつなげたいかが大切だという考えが私にはある。
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10代の青臭い考え