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魂の螺旋ダンス(24)イスラームの特徴 中国の諸子百家  今回は無料

あび(abhisheka)'s icon'
  • あび(abhisheka)
  • 2020/01/16 13:59

・ 螺旋モデルにおけるイスラームの位置

私の螺旋モデルは最大限に要約するならば「魂には個的な突破の契機(螺旋の右側)と、個的な突破における洞察を固定化し拡張する契機(螺旋の左側)がある」ということになる。


螺旋の左側は、常にそのひとつ前の段階の洞察に負うものである。

すなわち、国家の誕生した地域では、国家宗教は部族シャーマニズムの洞察を利用して、特定の部族を王家として正統化するための神話を固定化した。

また絶対性宗教は母胎となった超越性宗教の洞察を教義に固定化し、原理的にはそれを人類全体に向かって拡張しようとするものだった。

国家宗教は部族シャーマニズムの洞察に負い、絶対性宗教は超越性宗教の洞察に負う。


ところが地球上には国家が形成されることなく、近代に至るまで部族社会が持続した地域がある。

そのような地域においては部族社会は国家にくるまれることなく、剥き出しのままで絶対性宗教と出会った。

アフリカや南北アメリカに西欧諸国が進出したときまさしくそのことが起こったのである。

それらの地域では民族国家宗教段階・超越性宗教段階を経ることなく、絶対性宗教との直接的出会いによって大きな打撃を蒙った。


アラビア半島で生じたことは、ちょうどその中間的な出来事だと言える。

そこでは古い部族社会がそのまま持続しており、国家神話を作り出す王家に相当するものは未だ存在しなかった。

ところがアラビア半島には国家が存在せぬままに、近隣には既にユダヤ教やキリスト教などの超越性宗教が生まれ、さらにその絶対性宗教化も進んでいた。


そんな中で預言者ムハンムドが部族社会を越える原理として打ち出したものは、部族シャーマニズムの洞察を固定化し拡張しようというものではなかった。

彼はアラビア内部のいずれかの部族を有力な王家にしようとしたわけでもなければ、外来の王家を各部族の上に君臨させようとしたわけでもなかった。

つまり彼は部族シャーマニズムの洞察を利用して、いずれかの部族を王家とすることで部族社会を越えようとしたのではなく、いきなり超越性宗教的な洞察で部族社会を乗り越えようとしたのである。

であるから、ムハンムドの宗教は初めから国家宗教ではなく、超越性宗教であったと言わねばならない。


ではなぜムハンムドには段階を飛び越えて、超越性宗教の洞察を得ることが可能だったのか。

それはやはり既にアラビア半島にも影響力を持っていたユダヤ教やキリスト教の流れが基盤にあり、それらを踏まえての宗教的洞察であったからであろう。

あるいはアラビア半島の経済的社会的条件においては、国家というような中途半端なものはあまり必要性がなく、部族社会を越えるならばむしろ一気に超越的な原理に繋がることにこそ必然性があったのかもしれない。


もともと神がひとつであるという観念は遊牧地帯や砂漠地帯で生じやすいものだ。それらの地域では天空神の概念が早くから発達したからである。

実際、ムハンムドが生まれたころ、メッカには他にハニーフという思想グループがあり、彼らはキリスト教徒でもユダヤ教徒でもなかったが、唯一神を信じていた。

またムハンムドと同時代には、ナジド高原南部にはムサイリマという預言者が現れ、唯一神に基づく経典をつくっていた。

唯一神に基づく部族社会の超越の契機は迫っていたのである。


イスラームは国家宗教を超越しようとしたものではないが、その洞察は超越性宗教特有の垂直性を備えている。

しかも、その力を社会的に実現する必要から「力」と結びつき、急速に絶対性宗教化することで当時の西南アジア地域の歴史に追いついたのである。


 
・ 中国の思想における「超越性」と「絶対性」

 

中国は常に人類文明のもう一つの中心地であり続けた。

ここまでの各章では中国については殆ど触れてこなかったが、ここで中国における「部族シャーマニズム」「民族国家宗教」「超越性宗教」「絶対性宗教」の問題を概観してみたい。


中国の部族社会でも、各部族は共通の祖先を祭ることによって団結を維持していた。

それらの部族を最初に束ねて「都市国家」を成立させたのは殷王朝であった。

殷王朝の宗教は部族シャーマニズムを継承しながら、天(上帝)を祭る天子(王)という観念を発達させたものであった。

この場合、天子(王)は、天を祭るシャーマンの代表としての位置づけであった。

しかし、やがて天(上帝)と天子(王)の一体視が起こり王は世俗的な絶対君主と化した。


周王朝では、今一度、天と天子(王)との距離が明確に意識されるようになった。

天子は徳をもって国家を治める義務があり、天子の徳が足りなければ国家は長く生き長らえることはできない。

この天命思想は長く中国世界を貫く考え方となった。

無条件に連綿として永続することをこそ主要な役割とする日本の皇室との違いは明瞭である。

革命とは不徳な天子(王)を倒して徳のある者がその座に入れ替わることであり、中国の歴代王朝は自らも革命によってその座を得たものである限り、徳を失ったときには革命によって倒れることもあるということをその原理とした。

日本の天皇は責任のない「空なる中心」であり、中国の王朝は徳を積んで国家を治める「君子」たらねばならなかった。


中国最初の大思想家である孔子の思想は、その周王朝の道徳による統治を理想化し、原理としての仁、具体的実践的な形としての礼を思想として普遍化しようとする試みであった。

仁という道徳原理は人類を大きな友愛に包もうというものであり、その意味では孔子の思想超越性宗教の萌芽を感じさせるものだった。


だが、孔子の思想は真の超越性の次元に達しただろうか?

没落貴族の出身である孔子は、それがゆえにこそ彼が真の貴族の教養と考えた礼楽に理想を見る。

そして、その礼楽の形の中に脈打つ精神(仁)を明らかにしようとする。

そのとき、仁(友愛)の精神の普遍化という面では、それは確かに超越性へと向かう運動となった。

が、いかんせん孔子は貴族主義を完全には脱することができなかった。

それゆえ、その思想は「地上の権威の相対化」という面では非常に弱いものであり、超越性の運動としては中途半端な点が残ったと言わざるをえない。


また部族社会差別という意味でも、孔子の思想には問題があった。

たとえば論語第三編には「夷狄の君あるは、諸夏の亡きに如かざるなり」という孔子の言葉が記されている。

諸夏とは世界中心としての中国を指す。夷狄は辺境の未開部族を指す。孔子は「部族社会には、たとえ君主があろうとも、君主のいない状態の中華には遠く及ばない」と言うのである。

徳を積んだ君子が国家を治めることを理想とした孔子が、そのように言うことに重い意味がある。

ここで夷狄と呼ばれている部族社会への孔子の差別意識の深さが窺われる。


では、中国では超越性宗教は誕生しなかったのだろうか。

我々はそれを墨家の思想に見ることができる。(老荘思想は別の意味で深い超越性の次元を開いたとも言えるが、今は措く。)

墨子の思想はすべての地上の権威を相対化する次元へとまっすぐに進んだ。

孔子は常識を重んじる改良主義者であったが、墨子には論理的に思想を純化していく傾向があったのである。

それゆえ彼の「兼愛思想=兼くたがいに愛して交あい利するの法」は、汎愛主義、非戦論として徹底したものとなった。


「人の国の為にすること、その国の為にするごとくなれば、それ誰か独りその国を挙げてもって人の国を攻むるものあらんや。かれの為にするものはなお己の為にするごときなり。(他国のためにするのは自国のためにするのと同じように考えれば、誰が自国の兵を挙げて他国を攻めるだろうか。そのような者はいなくなる。だから相手のためにすることは結局自分のためにしていることになるのである。)」(「墨子」兼愛下篇)


人は墨家のような汎愛主義・非戦論が流行するのは、平和ボケの時代のみであると想像するかもしれない。

だが、事実は逆で、墨家思想が最も広がりを見せ、儒家思想とその勢力を二分していたのは、実は戦国時代なのである。

超越性の運動がラジカルとなるのは、危機的状況の中で裸の個人がぎりぎりの覚悟で究極的なものに向き合うしかなくなる、その時なのである。


だが、墨家思想は漢代以後急に凋落する。

儒教が漢の国家の正統の学問として公認され、諸子の思想はすべて異端とされたのである。


国教となり異端を排除する側になったとき、儒教は絶対性宗教としての性格を帯びることになった。

不徹底ながらも超越性の運動であろうとしたものが、固定化・絶対化する段階へと入ったのである。

そしてその体制は一九一二年の革命まで続くのである。


ただ留意しておきたいのは、超越性の運動として不徹底だった儒教(およびそれを中心にした中国思想の流れ)は、絶対性宗教としての性質もまた不徹底だった点である。

周囲の異民族を従えその頂点に君臨する「中華」という思想の「壁」は色々な意味で厚かった。


十八世紀末、英国の全権大使マカートニーがジョージ三世の国書および貿易拡大の要求書を清の乾隆皇帝に奉呈する。

乾隆は国書への回答としてイギリス国王に対して「なんじ国王の恭順の誠を見、深く嘉許を為す(ほめてつかわす)」と一段高い位置から勅諭した。

また貿易拡大の要求に対する回答には、「清は広大でありすべてのものがあるので貿易は必要としないが、万国の王がなついて寄ってくるのでつきやってやっているのだ」という考え方がはっきりと表れている。(『中国訪問使節日記』マカートニー 坂野正高訳注 平凡社 参照)


この時、西欧世界は、大中国の抱いていてきた「中華思想」との本格的な出会いと軋轢の歴史を開始することになったのである。


この乾隆帝の言説にも見られるように「中華思想」は比類なき帝国である大中華に自足するといった傾向を帯びていた。

全人類共通の理念を掲げてどこまでも侵略の手を拡げていくという運動は本格的には生まれなかったのである。

それは西欧には世界侵略のための航海力や軍事力が備わっていたが、中国にはなかったことの違いだと一応は説明もできるだろう。

だが、それとともに西欧の精神文化は超越性の徹底を通じて絶対性を徹底させたという点も大きな要素ではないだろうか。

大航海時代の侵略の背景思想だけではなく、近代精神が自らを普遍的なものと見たことや現在のグローバリズムといった考え方さえ、その超越性↓絶対性の理念の延長上に見ることができるのである。


翻って中国においては超越性宗教の超越性の強度がやや弱く、中華思想を徹底して乗り越えた世界運動としての超越性宗教は本格的な隆盛を見なかった。


われわれは中国における超越性の思想運動を墨家の兼愛の思想と実践、老子の「道徳経」が示した意識の地平、孟子の民本主義、初期の太平道などに「垣間見る」ことができる。

そのようにして超越性の運動の「萌芽」は幾度も生まれた。

が、そのどれもが根付くことなく一瞬の煌きを残して消えていった。

あるいは弾圧され、あるいは中庸と実践を重んじる風土の中で支持の広がりを得ることができずに力を失い、あるいは老荘思想のように内面性の次元だけで受け継がれていくこととなったのである。

 

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10代より世界放浪。様々なグルと瞑想体験を重ねる。53歳で臨死体験。31年の教員生活を経て現在は専業作家。https://note.mu/abhisheka

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