この宇宙に意味はないが、縁はある。
天地は不仁にして、奇跡は続く。
お金で買えるもの
死ぬまでに行きたい世界の絶景を見に行く
死ぬまでに食べたい世界のグルメを食べる
死ぬまでに抱きたい世界の美女またはそのそっくりさんを抱く
お金で買えないもの
愛と悟り
脳神経パターンの形成においてどれが正常ということはない。
日本の99%は日本の1%による植民地である。
テレビ、ネット、リアルの3つの幻想世界が並行していて、テレビが一番張りぼて。
戦後日本は初めから全部嘘やったこと、福島原発とコロナウイルスと安倍晋三がはっきりさせてよかったと言えなくもないこともないこともない?
1960年に生まれてから1990年に子どもができるまでの30年と1990年から2020年に孫ができるまでの30年を比べると後半は4倍速ぐらいだった。
満月
ひたひたと体中の血潮が満ちてくる。
体は不自由。心は自由。逆よりよほどいい。
中学生のとき、自分で百科事典を創るのが、学校の勉強より大事だと思い立ち、「あ」とか「あい」までは作ったのを覚えているが、ア行の途中で中断したまま、還暦前まで忘れていた。
このごろ、中学生のとき・・・というつぶやきが増えたのは、還暦前だからだと思う。思春期に人生のとば口で何を思い、その後の人生で何をしたが、何をしなかったかのサイクルが一度閉じるので、さて残りをどうするかが問題になるのだ。
悪の凡庸さとはなにか。主体性を確立することのできない社会構造の中に生まれ育ち、自ら唯々諾々と支配を受け入れていくことである。死にものぐるいで抵抗すれば、数で勝てるものを。
大事な人を大事にしないのはよくない。
社会的な怒りに見えるものの裏には、人間存在への悲しみがある。
母語を最大限に尊重する立場と、ひとりひとり多言語が当たり前になるといいという考えは、矛盾するのではなく、むしろ一体化した姿勢である。
危機を乗り切るのは国家権力の強化ではなく、世界中の人々の協力である。
食べる、語る、歌う、踊る、読む、書く、眠る、装う、旅する、癒す。これでほぼ全部だ。他には必要なものはない。産業をこれらに集中し、循環を成立させれば、皆で楽しく生きていける。
子育てが本当におもしろいのは五歳までだ。学校が子どもの本当の生命力を破壊してしまうからだろう。
学校に行く前の子どものほかにおもしろい人物といえば、障碍者とボケ老人とイカレポンチとプロダクションの奴隷にならないアーチストだけではないだろうか?
踊ることと踊らされること。
踊ることは人生最大の喜びのひとつ。
踊らされることは人生最大の屈辱のひとつ。
人生の中で一度でも会った人は末期(まつご)に会ったのと同じ。
人生は気づいたときから、すべて終活。
ふと気づくと、存在驚愕。