
facebook過去記事より
物理学者が時間は存在しない、幻想であると言ったという記事のリンクをした。
臨死体験とつながると書いた。
理解できないという書き込みがあったので、あびが書いたコメントをコピペしておきます。
人間の脳の構造が定まっているため、できることは二つしかありません。
(1)人間の脳の働きを停止する。
すると、宇宙は永遠の今ここにおける光または空(くう)である。
臨死体験または瞑想の極地(止観)。
宇宙の無限の働きのままに解放された浄土。
色もなく形もましまさず、ただ覚醒のみ。
(2)人間の脳の働きを再開する。
空間を自分の外に対象化する二元論的認識構造に復帰。
時間を直線的に進むものとして認識する脳の働きも再開。
ビッグバンの瞬間から宇宙が光速で広がっているとすると、光速に近づくほど時間は遅くなり、光そのものはついに時間を体験しないので、宇宙の末端ではまだ宇宙創世から時間が流れていません。
宇宙はひとつの光という観点からは、宇宙は永遠の今ここに覚醒の光が広がっているだけです。
尽十方無碍光如来とも、空(くう)ともいいます。
人間は脳の構造のカルマにとらえられているので、そこに時空を認識し、二元論的に対象化します。
このような哲学を寓話的に表したのが、リチャード・バックの「カモメのジョナサン」「イリュージョン」「ONE」です。
理論物理学者が世の中は11次元でできている(超弦理論)と言い始めて久しいですが、人間が明確に認識しているのが3次元と時間でようやく4次元程度。
あびさんの言われている領域に科学のメスが入るのももう直ぐではないかと期待しています。
私は小さいころ、眼で見える外側の世界を漠然と捉えながら「なんでこの体(頭?)の中に入っているのだろう?」と感じていたことを思い出しました。
この感覚は周りの人に聞くにはあまりにも違い過ぎると、子供ながらに認識できたので、長らく封印して忘れていたのですが、臨死体験とか時間に関する記述に比べたら取るに足らないレベルなので、文章にしてみました。