逃げまどう人々が、絶望の果てに鋼鉄の巨大な箱に収容されたことを眺めながらスカーレットは自分に問い掛けた。奴らに私は奪われた、未来を国を。なら、今度は私が奪う番よ。
スカーレットは、迷いを捨てた。竜の為に自分が出来ることをしよう。それがたとえ後世に『流血の女王』とか『血に飢えたスカーレット』とか『血まみれスカーレット』とか『紅い戦慄』とか言われたとしても甘んじて受けようと思った。
「そうよ、所詮みんな自分が可愛いのよ。ならば、魔に逢うてはぶった切り、天使に逢ったらぶちのめす、何ら支障はないはずよ!」
インターネットの動画がニューヨークの悪夢を伝えている。まあ、当然のようにフェイクニュースを疑っている層がかなりいるみたいだ。
「信じられないなあ。ネコさん、これがスカーレットの復讐の結果だと言うのか?」「そうね、人間が少し修練を積んだだけで獲得した魔導の仕業とは過程を見ていなければ私も疑うレベルね」
ネコさんの研究室で、俺たちは地球のネット中継を謎の器材を使って拡大投影したものを眺めていた。ネコさんは、白衣を緩く羽織ってアンニュイな表情で紅茶を飲む。
俺は艶っぽさにやられて思わず唾を飲み込んでしまった。今更だが照れ隠しにコーヒーを飲むと、わざとらしく旨いと呟いた。
「しかし、もともとスカーレットをテロリスト扱いしたんだから。その報いが今のこの阿鼻叫喚の地獄絵図だとも言えるのか。しかし、原因不明の高層ビル同時多発テロか。捜査担当者の苦労が偲ばれるなあ」
その頃ちょうど政府の高官たちが集うパーティーが、ここニューヨークで開催されていた。幸か不幸か高層ビル群の中でも一際高い1《ワン》ワールドトレードセンターであり、高層ビルの中で唯一爆発炎上を免れていたビルでもあった。ただし、周りのビルが高熱で破損、一部倒壊などで道路が塞がれているため避難できずの数千人の人々が取り残されていた。
「流石に事前に警備を厳重にした甲斐があったと言うものだな。もう間もなく避難用のヘリも来る頃だろう。こうなると、あのメールはサンタクロースからの遅れて届いた贈り物かも知れないな」
「我々に手出しが出来なくてテロリスト共が、周りのビルで暴れたということか。迷惑なものだな」
「間もなく対テロ対策用の兵員輸送車が特別駐車場に到着します、高速エレベータの運行も問題ありませんのでご安心ください。第一陣で非難する方々から順にご案内しますので、こちらにどうぞ」
ふう、安堵の溜息がそこかしこで漏れた。まだ、尻尾に火が着いていないので見苦しく避難の順番に文句を付けるものも出てはいない。ここでの失態が、自分の評価を未来を閉ざすことになるのを知る者ばかりだからだ。
議員の一人がスマフォで現場中継のネットニュースを見ていた。自分たちの乗った兵員輸送車の発車する映像に切り替わった、次の瞬間巨大な物体がビルごと兵員輸送車に覆いかぶさった。まるで虫取り網にかかった昆虫のような滑稽な姿だと己を笑った。
「何事だ!」
『ふふ、まさか逃げられると本気で思っていたの?おバカさんね、ほほ』
「我々を誰だと思っているんだ、我々こそが合衆国を動かす選ばれた者だ。こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」
「お前は誰だ、一応要求は聞いてやる」
『さんざん私を抱いた癖に忘れたの?酷い男ね』
「す、スカーレットか。しかし、いったいどうやって、死んだはずでは?」
『ふっ、確かにある意味死んだんでしょうね。だが、お前たちに復讐するために私は蘇ったのよ!だから、要求はあなたたちの惨たらしい死体ね』
「私は、君とは関わっていないはずだ。助けてくれ」
『そいつらと取引して利権を漁る商人がどの口で無関係と言うのかしらね。そうね、そいつらを代わりに片付けてくれるなら考えてもいいわね』
「それは ・・・・・・」
「やめろー!」
「いいわ、あたしやる。だから、助けて!」
生殺与奪を握る正体不明の存在にパニックに堕ち入り、ある者は許しを請い、ある者は他人の命を差し出し、ある者は無駄に抗う。
『ああ、おかしい。ふふ、はっはっは』
スカーレットの上機嫌な笑い声が、高層ビルに木霊する。