街は、緑と赤の色彩に溢れ世界三大宗教の一つに数えられるある宗教の祭りの余韻に浸りながら、なおも浮かれ騒いでいた。本来は家で伝統的な家庭料理を摘まみながら家族との絆を再確認するものだったが近年は若い恋人たちが刹那的に派手なイベントを楽しむのも多くなりつつあった祭りの翌日。
「しかし、親切な方がいるようだな。クリスマス翌日にテロの警告をしてくれるとは。親切な密告者の身元は判ったのか?」
「いえ、国外のサーバを何台も経由したうえ、突き止めた発信者は実際には存在しません。マゴット・マルークという名もどうせ偽名でしょう。
ただ、現在行方不明のスカーレットが生存していた場合は復讐のつもりでテロ行為を行う可能性もあると思われます。
むろん、生き残っていればのことですが・・・・・・」
「じゃあ、お前の行きたい場所を思い浮かべるのだ。憎い相手の居場所は判っているはず、復讐の軍勢の行軍ラッパが導く、新月の光と闇が異界の地へとお前を誘うだろう」
「ありがとう、先生」
「ふふ、スカーレットお前の独特の魔導の数々興味深く見させてもらおう」
アスタロトは、嫣然と微笑むと新月に重ねた魔法陣へ己が仮初の弟子を誘導した。すると異界から訪れた人の子は、中空に浮かび、そして同時に地に潜り込んだ。
「どうやら、スカーレットが復讐に旅立ったみたいね」
「そうか、今日が例の新月の晩か。いったいどうやって彼女は復讐を果たす気なのか」
「私は戻って来た、米国《ステイツ》に復讐するため・・・・・・」
スカーレットはニューヨークに現れ、地中深くから金属を精錬しある合金を作るとそこらじゅうのビルにまき散らし発火させていった。これはテルミットと呼ばれる方法で、酸化鉄と金属アルミニウムの粉末混合物に着火すると非常な高温を発生する。特徴としては一度反応を始めると、なかなか止めることが出来ないというものだ。
「さあ、どんどんいくよ。180メートル以上のビルでも百棟以上あるんだから、ぐずぐずしてると夜が明けちゃうよ!
闇《ザラーム》金の精《ダハブ》、どかんと酸化鉄とアルミを作ってね。闇《ザラーム》風の精《リヤーフ》、高いビルに運んでね。闇《ザラーム》炎の精《ショール》、テルミットの着火よろしく。さあ、いくよ」
高層ビル群に燃え広がる炎、高熱、阿鼻叫喚、逃げ惑う人々、野次馬、消防、救護にまわる者たち。絶望的な中で必死に対処を続けるが到底間に合うはずがない。
消防車の放水も焼け石に水、何の効果も齎さない、ただの努力、自己満足でしかなかった。ニューヨーク市内には、既に希望はなく住民は絶望の淵にいた。
『以外にあの娘、容赦が無いのね。まあ、どうでもいいことだけど。あの竜がこの暴虐を許したとは・・・・・・』
「ふふ、さあて。最後の仕上げ、いくよ。闇《ザラーム》金の精《ダハブ》、例の鋼鉄の箱をそこに出してね。闇《ザラーム》水の精《マイヤ》、鋼鉄の箱を冷やしてね」
巨大な鋼鉄の箱が、突如現れた。それは、541メートルの高さを誇るワールドセンタービルよりもはるかに巨大であった。そして、その鋼鉄の箱は冷却され、地獄の業火に炙られたビルと比べて天国と思われるほどだった。
その巨大な鋼鉄の箱に、人々が次々と収容されていった。
「ほんじゃあ、闇《ザラーム》風の精《リヤーフ》、どんどん逃げ遅れた人たちをそこに送って」
そう、スカーレットが魔導の力で鋼鉄の箱に人々を避難させていたのだ。