「だけど凄かったわね、あの魔物の迫力と言ったら下手なCGを超えてたわね」
「そうでしょう、そうでしょう。あいつらは、ただの狼とは違いますからね。牛ぐらい平気で氷漬けにして食べちゃいますからにゃ。こんなに喜んでいただけて、命懸けで誘い込んだ甲斐がありましたにゃ。
ご主人も、褒めていいんですにゃ。この場面は、褒めていんですにゃ。
大事なことだから、二度言いましたにゃ」
「ぷっ」
「あは、はは」
馬車の中でもご機嫌なスカーレットだった。若干、下僕《ペット》がうるさいが特に気にした様子もないので何よりだ。まあ、不快になるようなことは起こっていないし、スリルも適度にあったしな、ビジネスのときの印象ほどは気難しくはないのかな。
吊り橋効果?は、なかっただろうけど。
いい雰囲気のまま馬車は領主の、つまりジョージさんの館に着いた。
「ようこそ、おいで下さいました、スカーレット様。お帰りなさいませ、乱導 竜様」
「お世話になりますね」
「ただいま、ネコさん」
出迎えてくれたのは、人間というか猫耳装備のメイド姿に偽装したネコさんだ。そう言えば、マリアを連れてきた時も人型形態をとっていたなあ。なんか、こだわりがあるのかな?まあ、普通はシャム猫がしゃべったら驚くだろうが、普段の生活の中で領民と接する場合は、特に猫の姿のままだから今更な気がするが。
「スカーレット様の部屋は、こちらになります。まもなく夕食の時間ですのでそちらの服にお着替えになってお待ちください」
「ありがとう。でも、こんなドレス着てもいいんですか。それに着付けが大変そう、手伝ってもらえますか?」
「ええ、もちろん。でもそのドレスの着方については、身体が覚えているはずですから必要はないでしょうね。一応食事の前にお手伝いに来ますわ」
「それにしても、綺麗なドレスね。不思議な素材だけど、手触りもいいわ」
ネコさんが出ていった後、スカーレットが不思議な光沢の赤いドレスを手に取ると不思議なことに着方がわかるような気がした。
これが錬金術でしつらえた身体に施された知識転移の威力なのかしら?
「おお、綺麗だ。真紅のドレスがスカーレットに良く似合うよ」
「ありがとう、あなたも素敵よ。でも不思議、こんな着方のややこしいドレスも独りで迷わず着れたのだから。錬金術ってすごいのね」
食堂では、長テーブルの上座に漆黒のマントを羽織った錬金術師で領主でもあるジョージさんが、その対面にはしばらく姿を見せなかった下僕一号が乱反射する流体のような水色のドレスを着て座っていた。
中央に俺が座り、その対面に真紅のドレスを着たスカーレットが座った。ジョージさんの晩餐開始の合図で音楽と共に豪華な料理が運ばれて来た。
「本日はお招きに預かり光栄です、領主様」
「時は短い、堅苦しいことは抜きで楽しまれるがよい。竜君には、この国の経済発展に寄与して貰っている。それに比べればどれほどの事でもない、礼には及ばぬ」
「ジョージさん、本当に今日は助かったよ。おかげで向こうでのパートナーであるスカーレットをこちらの世界に招待出来たよ」
「そう言えば、下僕一号はしばらく顔見せなかったけど。何処に行ってたんだ?」
水色のドレスの少女は、握りしめる手が震えるほどに静かな怒りを露わにした。
「ええ、南の島国を廻って愚民どもに慰問と称してEだかZだかの仮想通貨を広めて来たわ。今日も遊び惚けていた誰かさんの代わりにね。あと、ネコメイドも覚えておきなさいね!」
「ああ、仮想通貨EJの宣伝のために『劇団魔族』として、働いてくれたのか。ありがとう、恩に着るよ。ところで、ナルシュは元気だったかい?」
「ええ、いくつかの島で娼婦上がりの女と観劇に来ていたわ。誰かさんと違ってあいつは、働き者よ」
「そうか、ナルシュもマリアも仲良く活動しているのか。それにしても、一国の王子をつかまえてあいつとか、相変わらず上から目線だな下僕一号は。
ああ、それで今日は珍しい魚料理が載っているのか」
「ええ、特製のソースと一緒に持って帰って来たからありがたく食べなさい」
「下僕一号?さん、ほんと美味しいわ。この魚の蒸し焼き。醤油じゃなくて魚醤を使っているのがアクセントになってて」
『くう、なんであんな臭い黒い液体が料理を美味しくするのよ。竜とネコを懲らしめてやろうと思っていたのに。あんな南国の素材や調味料まで使いこなすなんて、ネコメイドのくせに、くせにー!』
「そ、そう。口に合ったようで、それは良かったわ」
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