暴風が吹き荒れ、熱波が乱れ飛ぶ。その中で凪の様に穏やかな場所があった。それは、ソローンが張った結界の中だった。正確にはソローンと彼女に憑依した魔人ヴァサゴ両者の織り成す魔導の御業であった。
『な、なにー?たかが人形と思うて侮っていたらとんだ力を隠し持っていたのか、うぅ』
脂汗を流す三つ頭のバアルの蛙の頭が、苦し気に呻いた。
『さあ、どうかしら? それよりも、こんな不毛な闘いなど止めてもっと有意義なことでもしたらどうなの?』
謎めいた微笑みを浮かべたソローンが右手をバアルに翳《かざ》すとと三つ頭の一つ、王冠を被った人間の頭上に大量の金貨が降り注いだ。
『いて、痛てて。わっ、止めろ。
これは、まさか本物なのか?痛い、だがこの心地よい重さに輝きは我が愛してやまぬ正真正銘の金貨じゃ』
頭上に降り注ぐ金貨との衝突による痛さと、輝きと重さに裏付けされた富の実感が心地良い満足感となって王冠を被った人間頭はだらしなく頬を緩ませていた。
やがて、降り注ぐ金貨は小山ほどに積み重なりあまりのうれしさに正気を失った人間頭は意味不明な戯言を口走っていた。
『おお、黄金の山があ。わしだけの金貨の山が、魔界広しと言えど未だかつてこれほどの財を手にした者が居ようか?いや、ない。わしが一番、わしだけが至高にして唯一無二の存在じゃ!』
『・・・・・・ まったく、こんな人形もどきにいいように踊らされおってにゃぁ』
『そう?この辺りが痒いんじゃない。どう?気持ち良くなったかしら?』
降り注ぐ金貨の雨を高速で掻い潜り移動したソローンは、猫頭の顎の下の臭腺の辺りを 撫でてやった。
バアルの猫頭は顎の下を優しく撫でてくれるソローンに尻尾があれば大きく振りそうなくらい上機嫌になっている自分にふと疑念を抱いたが所詮は忘れっぽい猫の性《さが》で快楽の泉に、ソローンの手管に身を委ねていった。
『くぅ、な、何か気持ちいいい。こんな慣れ合ってるんじゃないんだからにゃ』
『ほほう、なかなか上手く手懐けるものよ。我が力を貸しているとはいえ上出来、上出来』
『お褒めに預かり恐縮ですわ。ところで、私の身体を共有して貴方は何をするつもりなの?
何をお望みかしら?姿なき魔人ヴァサゴは一体どうしたいの』
いつの間にか、魔界序列一位の魔人バアルを従える形で姿なき魔人ヴァサゴに言葉の槍を突き付けるホムンクルスの瞳には邪悪な光が漏れていた。
『・・・・・・ ソローン様。ヴァサゴを始末するときはいつでもお命じ下さい、このバアルめに』
『ふぉっほ、ほっ。愉快、天晴。これほどのホムンクルスを造るとは、さぞかし優秀な人間じゃったのよな?お主の主人は・・・・・・』
ホムンクルスの眼が一瞬、幸福だった時を幻視した瞬間!
『取った!お主の氷の壁に仕舞われた大事な記憶、このヴァサゴが貰い受けたぞ!』 たった今、これが後世の魔導研究家が綴っていく「伝説のホムンクルス」が意思を持たない人形に変わり果てた瞬間であった。