そろそろ時間だな、地球を旅立って二十九時間ほど経過した。
これから、必要なのは月周回軌道に乗るための速度調整、まあ言ってしまえば力技だ。
「乱導竜が命ずる、一号《ワーヒド》セーレ、二号《イスナーニ》セーレ疾くと現れ我が命に従え!」
「ご主人様、あともう少しでいけたのに。どうせ、こんなもんだよ俺の人生は」
「ご主人様、もう少し気持ちい時間を過ごさせてくれればいいのに、ついてないよ、尻拭いの人生は」
安定の双子魔人のボヤキをスルーして、俺は短く仕事を命ずる。まあ毎回呪文を唱えているが、本当はこんなもの無くてもいいんだが、適当にやると魔人どもの動きが悪いので仕方なしにやっている。別に今更中二病な訳ないが、やってみると結構これが楽しい物なんだ。脳科学者が言っていたが、つまらないことでも人間は習慣化すると、そのことにどこか楽しさを見つけるようとする働きが脳に備わっているらしい。だから、サービス残業の社畜がなくならないんだな、これが。
命じた仕事は、船外に出てネコの指示する時間だけ宇宙船を少し押すだけの簡単な仕事だ。
「よし、減速準備だ、行け一号セーレ、二号セーレ!
ネコ、頼んだぞ」
「こちら指令室、減速は三秒間実施します。竜さん、ネコ、しっかりね。
秒読み開始、五、四、三、二、減速、三、二、終了!」
ネコは逆噴射スイッチから肉球を外すと、前脚を舐めてリラックスしだす。
「ふう、一仕事したにゃ。」
「ふふ、お疲れさまじゃ。ようやったのう」
アスタロトが、どこから出したのか無重力用のドリンクボトルをネコに差し出す。まあ、未だに陶器の人形が繊細な動きをするのを見るのは違和感が半端ない。
アンドロディテクタのモニターに月面と青い球体が映し出されている。
月到着!と言ってもまだか、漸く月の周回軌道に乗った所だけどな。
「ネコさん、月の周回軌道に上手く乗れたよ」
「ええ、こちらの計器でも確認できているわ」
「おお、ここから見るとモノトーンの月と青い地球が対比的で綺麗に見えるなあ」「ご主人、地上で月を眺めてるよりもずっと大きいにゃ!」
「わらわの記憶よりもずっと殺伐としておるな、月の表面は。昔はもっと柔らかなイメージがあった気がするがのう・・・」
俺とネコそして、アスタロトがそれぞれの感想を口々に述べている。出身も経験も、いやそもそも種族すら異なるのでかなり感じ方に違いが出ているのが面白い。
それは、さておき何処に着陸しようか?とりあえず、月軌道を二周ほど周回して各種測定及び精査した結果、裏側の赤道上のあるポイントに探査船で乗り込むとしよう。
さて、その前に。
探査船で降りる前に手順確認だな。
「アンドロマリウス、周辺警戒!俺たちは、模擬操縦訓練に励む《シムる》から異常を捉えたらすぐに呼べ」
「はい、ご主人様。仰せのままに」
俺たちが目を瞑ると、そこは探査船のコックピットに変わっていた。仮想現実を利用した模擬操縦訓練モードで、探査船の訓練を各自が同時に一通り練習した。
「よし、各種計器異常なし。探査船発進!」