この前の月からの急な帰還と奪還騒動で、忘れられているかも知れないが俺は月である戦いを吹っ掛けられた。
そう、アラク・アウカマリとの姉さんを掛けた勝負だ。
「ふふ、月の石にはやはり隠された力が有るわね。もう、わくわくしちゃうなあ」
ネコさんが、俺が研究室に入る瞬間を狙いすましたかのように弾けていた。普段のクールビューティ振りとのギャップがあり過ぎだ。あんな可愛い所を見せられたら男なら皆惚れてしまうところだろうな。
「ネコさん、喜んでもらえて結構だが。地球からの土産の方はどうだい?」
「ええ、それについても有望ね。ただ、こちらとは生成過程や物理法則も異なるかも知れない文字通り世界が違う物だから取り扱いには月の石よりも注意が必要なのよ。それこそ怖れと期待が入り混じって、でも確実に錬金術に新たな扉を開くことになるわ」
「そうか、ムガットが溶岩とかまで運び込んだときにはやれやれと思っていたが結果オーライなんだな、安心したよ」
『ムガット』
どたどた、バタン。
「ご主人、ここにいたのにゃ、探したにゃ」
「おっ、ネコとうした、そんなに慌てて」
「そんなに落ち着いてる場合じゃ無いにゃ、スカーレットさんが大変にゃ。すぐに来るにゃ」
「お、おい。じゃあ、ネコさん。邪魔が入ったのでまた来ます。こら、ネコ!待てよ、置いてくな、慌てるな!」
「ふふ、騒がしい主従ね。まあ、あれでいいコンビで微笑ましくもあるけれど・・・」
「三重結界、対魔陣、対精霊結界緊急展開! これで、落ち着いて探求できそうね」
「スカーレット、おい、開けるぞ」
「・・・」
俺がスカーレットの部屋に入ると、肌色が目に染みた。な、何だ?
「落ちない、穢れが取れない。まだ、足りない・・・」
スカーレットは、上着を脱いだ上半身裸の状態で白い肌が真っ赤になるまで胸元をタオルでゴシゴシと擦っていた。背中は鞭で傷つけられた傷も癒えぬうちに擦ってしまったのだろう傷口が開いて血を流していた。
な、何なんだよ。あれじゃ、まだ足りないのかよ。彼女が何をしたと言うのだ。
「ス、スカーレット止めろ。どこも汚れちゃいやしないよ。おい、しっかりしろ」
「いや、穢されちゃったわ。私に触れないで。私はあいつらに何度も・・・」
「そんなことは、ない。そんなこと、気にするな。身体中の傷も心の傷も全部俺が治す、だから心配するな。君は綺麗なままだよ、スカーレット」
『ムガット』
「おお、ムガット手伝え!スカーレットの傷を治すぞ!」
俺は、スカーレットを抱きしめながら身体中に走る蚯蚓腫れも心に出来た醜い瘡蓋も全て消し去ってやるつもりで、魔導の力を注いだ。」
右肩にいたムガットの身体が熱く輝き、やがてスカーレットの背中の上で縦横に蠢いた。背中の傷を全て癒し終えると、胸の傷をムガットが吸い始めた。
「あっ」
どのくらいの時間、こうしていたのだろうか?ムガットが俺の右肩の定位置に戻って来た。スカーレットの身体の傷は全て初めからなかったのように、消え失せていた。
「スカーレット、大丈夫だ。傷も癒えて元通り、いや前よりも綺麗だよ」
「すう」
疲れたのか、スカーレットは眠りに落ちていった。彼女の寝顔は、安らかなものだった。
俺は、スカーレットの部屋を出て自室に戻ると怒りに任せどす黒い力を開放してしまった。その直後スマートフォンのニュースが、地球にある大陸の一つが突如ズタズタに裂かれたことを慄きとともに報せていたが、既に意識を手放していて気付きもしなかった。