いろいろあって、疲れていたのか俺はいつの間にか眠りに落ちていたようだ。月から大慌てでこっちに戻ってきてスカーレットの奪還もなって気が抜けたのかな。なんか安心する温もりを感じる。それにくすぐったい。
美女と密着していちゃいちゃしているのかな?まあ、そんなところだろ。スカーレットか、まさか遂にネコさんがあんなことまで?
だが、しかし。なんたる無常感、正解は黒いシャム猫の舌かよ。夢の中では絶妙の快感だったはずが醒めてみるとざらつく舌に舐めたられた頬が少し痛いしぬめっていて気持ち悪い、あと重たい。まあ、ずいぶん懐かしさを覚える感触ではあるが。
「こら、重いって。起きるからやめろネコ!」
「ふう、やっと起きたのにゃ。寝坊助は困るにゃ」
ようやく俺を舐めるのをやめたネコが俺の胸の上から飛び降りた。
え?嘘だろ、こ、こんなことってあるのか。まるで奇跡も魔法もあるみたいじゃないか。って、まあ実際に魔導はあったし随分その恩恵にあずかってるよな俺って・・・
俺が、寝起きに習慣づけている手持ちの資産の確認を行ったところ、とんでもなく残高が増えていたので取り乱してしまった。
「アカウントオープン、ヒストリー!」
ほう、あれは?たぶんあのときか、俺がスカーレットの部屋を出て自室に戻り、怒りのあまりどす黒い魔導の力を開放したあたりだな。急激に|霊子《レイス》の残高が上昇していた。それも、日本円にして数兆円も増えているとか。もし、意識的にこの状況を作り出せるなら、アラク・アウカマリとの闘いにすら勝てるかも知れない。これは、思わぬ僥倖だ。
それにしても。ドアを開けたら、すぐそこに浮かぶアスタロトの冷ややかな視線が怖いですけどさっさと定位置のネコにドッキングでもして機嫌を直してもらいたいところだが。そうだな、そうするか。
「ネコ、これからネコさんの研究室に行くぞ。ちょっとした発見があるからな。できればアスタロトにも来て欲しいんだが」
「ふん、仕方ない」
ようやくアスタロトが定位置に収まったので俺たちはネコさんのもとに向かった。
「あ、そうそう。スカーレットには近づくなよ、ネコ」
「な、なんにゃいきなり。最近ご主人と仲がいいからといって仲間外れなんかしないぞ!だいたい、そんな人間に擬態してご主人に媚びを売っても冷血なことで知られたご主人には効き目なんか無いにゃ!」
黒いシャム猫が背中の毛を逆立てて威嚇する、対するは胸元を少しくつろげて肌色がまぶしい白衣姿のネコさん。勝敗はあきらかだな、てか何と闘ってるんだこいつは?
「ネコさん、また相談に乗ってもらいたいんだが。こいつらも一緒でいいか?特にアスタロトは物知りそうだから役に立つと思うんだ」
「まあ、いいわ。ネコが居れば、そうそうここを破壊するほど暴れるとも思えないし。で、今日はなに?」
ネコさんが、黒いシャム猫に跨る陶磁器の人形を推し量るように眺めてから俺に先を促す。
「ああ、帰り道で説明した通り。俺は月で戦いを挑まれた。これに勝たなきゃ姉さんを取り戻すことができない。なにせ奴は日本円換算で三八兆円も貯め込んでやがったからな、俺はそれを乗り越えなきゃいけないんだ」
「ふーん、向こうの為替レートで一ドル一0八円としてビーストコイン換算で約四七五万BSTね。市場流通が一七八五万枚だからおよそ約26%ね。大したものねえ!そのアラク・アウカマリって人。月の女王、キリュウ・グツチカ・シトゥール陛下を守るためにそれほどまでの蓄財を為すとは」
「ああ、正直アラクには俺も頭が下がる思いだ。だが、俺は退くことも媚びることもしない。銭の女神エンドロ・ペニーに魂を売ったことも省みはしない。だから、ネコさん力を貸して欲しいんだ」
「まあ、それぐらいは男の子とし頑張って貰わないとね。で、具体的には?強引な市場介入でもするつもり?」
「ああ、微かなヒントだが」
俺は、目覚めたときに資産が数兆円増えていたこと。それは、昨日から今日までの間で怪しいのは、取引履歴を見る限りスカーレットを見舞った後だということをネコさんに説明した。
「ほう、闇の力が発動したのか」
研究室に入ってから一言もしゃべらなかったアスタロトが呟いた。