ほう、あのKと言う奴もなかなかやるようだな。それとも、他に糸を引く者でもいるのか?
グループ杖《ワンド》、Kの居城に一匹の小さな黄金色の羽虫が飛んでいた。
水金《みずがね》で作った羽虫から送られてくるK達の映像を水晶越しに眺めながら漆黒のマントを羽織った男は呟いた。
「マスター、禿デブのセーレは兎も角としてロノヴェは捕まって可哀そう。アンと一緒に助けに行きたい。行かせて!」
「ソローン、まあ待て。可愛い子には旅をさせよと言うではないか。いずれにせよ、二人とも魔族、魔神と呼ばれる者。そうそう、消滅させられることもあるまい。それに、あの者どもを絡めとった手腕、なにやらKとかいう人形使いの正体が知りたい。もう少し、泳がせておくのだ」
「はい、マスター。御心のままに」
中庭で、ガン、鈍い音が数回響く。剣と大蛇のぶつかる音だ。
「目で、相手を追おうとするな。心で見よ、アン!」
「はい、ご主人様」
ソローンとアンの戦闘訓練である。アンの振るった大蛇が、ソローンの心臓を正確に刺し貫こうとした瞬間、ふっと目の前の姿が滲む。
はっ、としてアンドロマリウスが身動きを止める。首筋にソローンの剣が薄皮を割いて留められていた。
「アン、腕を上げたわね。それ以上動いていたら、首が胴体と泣き別れになっていたわよ」
アンドロマリウスは、冷や汗を掻きながら三歩下がって礼をすると魔力で傷を修復する。
「そう、何度も首を挿げ替えられては訓練になりませんもの。それより、デブで禿頭のセーレは置いておいて、ロノヴェの奪還作戦はまだなのですか?あの子は、精神が弱いから心配です、早く救出に行きましょうご主人様!」
「ふっ、アン。放っておきなさい。敵に下ったものに救出隊が来るとか、どこぞの物語ですか?忍びに救援など有りませぬ、心しておきなさい。まあ、マスターに考えがあるのです。今は、お前の戦闘力を上げることが先ずは、第一!」
「掛かって来るが良い!」
「はい、ご主人様」
中庭の戦闘音は、絶えることなく夕暮れまで続いていた。
さて、ソローンは訓練中だし暇だから魔道具の制作でもするか。
水銀に、鉛と硫黄とナトリウムに白金と魔力を隠し味にチョコレートを一かけらで、魔力を流せば、と。
『ソローンの造り手』が、金色の金属光沢のある物質に熱遮断の魔道を掛ける。 すると、金色の金属は、いつまでたっても液体ままで存在する。
これが、水金である。
錬金術でしばしば使用される水銀よりも魔力をよく通し、自在に姿を変える物質がこの水金であった。因みにチョコレートを足したのは、魔道で出した材料の質量がわずかに足らなかったためである。たまたまソローンのおやつが残っていたので少し使っただけで特に、こだわりが有る訳ではなかった。
さて、『ソローンの造り手』が水晶玉を覗くとKが人形を抱えて何かを眺めている様子が映った。Kの視線の方向が映るように水金の羽虫を操作するとそこには。
「もっと力を込めて揉まぬか!全身に力を込めよ!」
「くっ、力が戻ればこのような禿デブ親父に蹂躙などされぬものを」
「ぬ?なにか言ったか、お仕置きがまた欲しいのか?」
ロノヴェは、額の汗をぬぐいながら懸命に大きな寝台に寝そべるセーレの身体を揉んでいくが、力を奪われているため渾身の力を込めても人間の少女の力ぐらいしか出せなかった。
「こ、こうでございますか、ご主人様」
「もっとだ、もっと強く胸も押してけて全身全霊、吾輩に仕えよ!」
うーむ、なかなかこれは、この感触は心地よいものだのう。
「しかし、あの魔神どもは何なんだ?大した力も無い少女と、禿デブ親父にしか見えないが、アスタロト?」
「あのデブは序列七0番の魔界のプリンス、セーレ。女の方は、序列二七番の侯爵ロノヴェよ、彼女は上級貴族でそれなりの魔力も持っているわ。序列で言えば二九番の私より上だけどね。まあ私に掛かれば千年も昔の序列など、意味なき物にできるけどね」
「そうか、なら俺の手下に魔神が三人も、しかも上級貴族まで手に入ったのか。こ、これで我が野望も見えて来たな、ふふ、ふぁっふぁっは!」
Kは嬉しそうに笑った。