最近、ユスキュー大陸の南端の岬にある潰れた漁村にサーカスが来た。
ここには、つい最近まで漁村を買い込んだ外国の貴族が建てた別荘が並んでいたが資金繰りに困って転売した先がこのサーカス一座だった。
まあ、屑な売り物を高価値に変える地球でいうところのベンチャー企業だ。
異世界の常識として、魔法を見世物にする発想が無い。なぜなら、高価な魔力回復薬を見世物のために使うのは割に合わないからだ。
広大な土地を利用して、巨大な観覧車や、ジェットコースターなどが設置されていて近隣の貴族の子弟や金持ちなどが大挙して押し寄せている。
サーカスと言えば、サーカス小屋でお決まりの空中ブランコや魔獣と美女の曲芸なども披露されている。こちらは、料金が高くて乗り物に乗れず眺めるだけの客たちも入場できるぐらいの格安料金のため結構繁盛していた。
ふう、溜息を吐く冴えない男がいた。ヤチャータ伯爵、いやヤチャータ元伯爵で今の職業は曲芸師だ。漁村を売った金で傾いた家の立て直しに無茶な仮想通貨投資(高倍率のレバレッジ取引)で失敗したため家屋敷と爵位を失い、昔放蕩息子時代に習い覚えた武術もどきを曲芸としてサーカス小屋で披露する。それが今のヤチャータの仕事だった。
(しかし、あの漁村跡がここまで発展するとは。知っていればもっと高く売ったのに、いやあの外国の貴族は別荘業に失敗したんだ。俺と変わらない、奴もきっと没落しているだろう。それだけが、救いだなぁ)
「だけど、凄いもんだなあ。あの団長の奇術は、どっからあんな巨大な塔を出現させるのか。タネがまったくわからないよ」
ヤチャータは、遠くにそびえる金属で出来た塔を感嘆の想いで見上げながら先ほどの奇術の様子を想い出していた。
先ほどまで、広範囲を隠すように張り巡らされていた黒い幕が壇上に立つ黒いシルクハットをかぶったマント姿の男の杖を振り下ろす合図に合わせて一斉に降ろされた。
会場の観衆から歓声や溜息が漏れる、幕が降ろされた後に現れたのは巨大な銀ずくめの塔だった。
「ヤチャータ君、今日の曲芸はなかなか良かったよ。五本同時に投げられたナイフを全て躱すとは、さすがだねぇ」
「いいえ、団長の奇術の冴えにはあれこそが、大魔術と言っても過言では無いですよ。何回見ても本当にタネが判りませんからねぇ」
「まあ、本当にタネなんか無いのかも知れないね。あるんだよ、奇跡も魔法もね、ヤチャータ君」
「そ、そんな。まさか、ははは」
まあ、ホント奇跡も魔法もあるよな。これほど、間抜けな地方貴族があの漁村の領主でいたとか、これほどのタイミングの妙はあるまい。
おかげで、サーカスとアミューズメントパークを隠れ蓑に宇宙船発射場が手に入ったんだから。
発射の轟音、閃光も全てアミューズメントパークとサーカスの出し物に偽装して、万一の事故、人体に悪影響を及ぼす推進剤の漏洩もここなら、この敵性国家が治める大陸の事でなら最悪許容値として収まる。
これが黒の装束で固めたサーカスの団長にして奇術師、乱導竜の冷たい計算の結果だった。