覚悟を決めたアンドロマリウスは、腕に巻いた大蛇を振りかぶってキールの右手目掛けて振り下ろした。キールの右手は、短剣を握ったまま肩の先から引き千切れ鮮血まき散らしながら宙を舞う。
『うっ、くう』
さっきの光景が幻であったかのように、右腕を失ったアンドロマリウスはうめき声を漏らす。
魔人アンドロマリウスは、左腕で普段使いの大蛇ではなく極あり触れた白い蛇を出してキールに向かう。
(殺しの技は効かぬか。
必殺の技を放った相手に返してしまう、反則的なキールに対抗するために選んだ武器だがどれほど有効かは未知数ね・・・・・・)
ホムンクルスは腕を組んでザキエル神父を睨みつける。都合八人のリーベンスとリサの顔を持つ修道女姿の一般市民は命令を待つ人形のように表情の無い瞳で動きを止めたままだ。
勝利を確信したかのような神父はニタニタ笑いを浮かべていた。
「勝ったな」
ザキエルは歓喜に堪えないように己が感ずるままを口にする。
動きとしては普通の人間の域を出ないキールの短剣による攻撃を掻い潜り、白蛇が鞭のようにキールの頬を切裂く。
だが、キールの頬についた傷は白昼夢のように消え失せ、あざ笑うかのようにアンドロマリウスの頬に蚯蚓腫れを生じさせた。この間にも右腕からの出血は止まっていない。
『きつい、ご主人様ぁ。手加減した攻撃まで返されますぅ。
これでは、一人SMに興じる狂女みたいじゃないですか私って・・・・・・』
「すまん、アン。俺には二度とリサやリーベンスを殺すことは出来ない。たとえ、偽りでも・・・・・・」
『そうね。諦めてしまった、あなたには・・・・・・』
(未来はないわね、残念よキール)
ホムンクルスは、冷たく下僕を召喚した。
『「ソローンの造り手」様により造られしソローンの名において命ずる!
最速の魔人にして魔界の序列七十位、セーレよ。疾くと出でよ。
殺さぬのなら好きに嬲ってもよい。そこの八人の女を攫ってしまえ!』
ホムンクルスの右耳のピアスから吹き出す灰色の煙から小太りの魔人セーレが、小躍りして現れると、八人の修道女の悲鳴が轟いた。
凄まじい動きの中で修道女たちの衣服は切り裂かれ、太腿が胸が露わにされセーレの欲望に晒された。
「何をするんだ、ホムンクルス。頼む彼女たちを助けてくれ。俺はどうなっても・・・・・・」
『ならば、死になさい。己が持つその業物の短剣で一思いにね。
残念ながら、あなたの特性上介錯はしてあげられないけど』
「くっ、あの糞神父からあの娘たちを救ってくれるのか」
『そ、そんなぁ。ご主人様、キールは悪くないわ。悪いのはあの妙な神父よ。
お願いです、あいつをやっつけて。
それでもって、キールは見逃して』
ホムンクルスは短く首を振った。
『さあ、早くけりを着けないと娘たちは助かっても。その貞操は踏みにじられるわね。あいつは魔界で最速の魔人だからね、八人くらいすぐよ。
今は、久しぶりの獲物に興奮していろいろ試しているみたいだけど・・・・・・』
(うっ、こんなはずじゃ。折角の人質を魔人に攫われて、あんなことやそんなことをしているし。 キュルソン先輩に大見得を切ったのに。たかがエロ魔人の動きを捉え切れないとは、地獄の特訓かなあ)
ザキエル神父はどうでもいい独り言を口に出しているのに気付いていなかった。 「わかった。あとは頼んだぞ、ホムンクルス!」
キールは右手に持った短剣を両手で掴むと、左の頸動脈を一気に切裂いた。
『キールぅ!』
一呼吸おいて飛び散る血飛沫とともに、ゆっくりと斃れる屍は現実として残った。