先月(9月25日)、学生時代にお世話になった学会にて国連持続可能な開発目標(SDGs)に向けた行動を取る際に重要な課題の一つのジェンダー主流化についてウェビナーで話をする機会があった。使用したスライドと詳細については以下のリンクを参照。本シンポジウムは一般公開だった。
発表自体の録画はまだシェアされていないので、発表用のメモを以下に添付する。
スライド1)オーストリア・ウィーンに本部のある国連工業開発機関(UNIDO)の飯野福哉と申します。化学工学会の札幌宣言の起草からお手伝いさせていただいており、今日の発表では、特に皆さんのお仕事にジェンダーの視点を取り入れるためのアイデアや、それをどう実施してモニタリングすればいいのかという課題に取り組むお手伝いができればと思います。
スライド2)ジェンダーという言葉の定義は分野や時代によって異なるようですが、ここでは、簡潔に「社会的・文化的に形成された性」とします。ジェンダーはよく生物学的性や自己認識による性と同義で使われますが、ここは初心者に返ってジェンダーは私達が置かれた文化や慣習により形成された性とします。
スライド3)もう15年ほど前になると思いますが、ある地方の会議で50人ほどが集まった場に参加し、事務局で片隅に座っている女性の方一人を除いて全員男性だったのが強く印象に残っっています。もちろん議論に女性が参加していないという事実だけでなく、この状況に多くの人が気づいていないのかもしれないということのほうがショックでした。もちろん、このワークショップが開催されている化学工学の現在は、状況は少しは改善されているかと思いますが、それでも、昨年は世界経済フォーラムのレポートで153カ国中121位に後退しており、特に政治における女性議員比なども含めて、全体では日本社会はジェンダー平等には近づいておらず、むしろ悪化していると捉えかねられないというのが事実です。残念ながら、2020年までにあらゆる分野での女性の参画、指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度となるように期待するという男女共同参画基本計画が到達できなかったというこの事実を私達は受け入れる必要があります。
これは日本を代表する新聞社が開催したシンポジウムと書籍に使われたキーパーソンの写真です。この写真は海外ではパネルではなく男性のmanを文字ってマネルと言われます。ジェンダー平等は基本的人権の保障という意味でも大変重要ですが、それに加えて、人口の半分である女性がジェンダー不平等で本来発揮すべき化学産業での才能や機会を失われているということが日本経済にとって甚大な機会損失であることは自明です。ジェンダー平等を経済で実現すると日本のGDPは5500億ドル(58兆円も!)増加すると推定もあります。
スライド4)また、海外からみていると分野によってはデジタル化でも遅れているという印象が強い日本ですが、アメリカと途上国においてデジタル化がジェンダー不平等に最も影響するのが化学産業だという結果が今年のUNIDOの工業開発レポートで報告されています。この結果はおそらく日本の化学産業にもある程度は当てはまるものと考えるのが自然だと思います。これらの事実や推測を鑑みるに、化学工学会がジェンダー平等に貢献できる余地は私達が考えているよりも非常に大きいかもしれません。
スライド5)すでに、ジェンダー平等という言葉を使いました。JICAの定義ではジェンダー平等とは、「男性と女性が同じになることを目指すものではなく、性別にかかわらず人生や生活において、さまざまな機会が平等に与えられ、自己実現の機会を得られるような社会の実現を目指すことを指す。」です。そういう意味では、ジェンダー平等な社会は社会的弱者も活躍できる社会だといえると考えています。
スライド6)国際開発プロジェクトの共通ツールであるログフレームやTheory of Changeについて今日詳しくお話することはできませんが、日本でも研究評価の視点から使われている場合もあるようなので、普段から研究や事業で使っていらっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。簡単にいえば、目的、成果(アウトカム)、複数の個々の結果(アウトプット)を明確にし、予算や知識を使って、研究や事業を実施し、複数の結果を出します。ここまでは研究者や事業者が直接行動を取ることで結果が得られます。次に、それらの複数の結果を統合して、対象の受益者を通して、それらの結果を成果として受益者が享受できるようにします。事前に決めておいた指標を用いて、各々の結果をモニタリングして、成果が出ているかを第3者でも判断できるようにします。ログフレームとはこれらの内容を事前に決めておく、一見、単なるテーブルですが、世界銀行やUNDP、JICA、そしてUNIDOでも使う共通のツールです。
スライド7)プロジェクトの簡単な例を使ったほうがわかりやすいと思います。このプロジェクト例は実際のプロジェクト案を少し加工したものです。私の担当する部署はオゾン層破壊能力がなく、地球温暖化係数の低い化学物質を用いた技術移転を目指すモントリオール議定書のプロジェクトの企画・実施を担当しています。Objectives(目的)はなぜこのプロジェクトを行うのか?そしてどのようなインパクトがあるのか?を説明するものです。このプロジェクトの場合は「N国と周辺国におけるコールドチェーンにより栄養のある安全な生鮮食品が市場に出回る」が目的となります。Outcome(成果)はこのプロジェクトが成功した場合、対象の受益者はどんな成果を享受できるのか?を説明するものです。この場合、対象受益者は冷蔵・冷凍技術を使用する中小企業で「N国の中小企業がオゾン層破壊物質を使わないエネルギー効率の良い冷凍・冷却装置を製造する」です。個々の結果(アウトプット)はプロジェクトを行うことでどのような直接的な結果が出せるのか?を記述するもので、複数のアウトプットがあってよく、このプロジェクトの場合アウトプット1を「オゾン層破壊係数0で地球温暖化係数の小さい冷媒への切替を促進する政策・法律文案と3省庁での実施体制を提案する」とし、アウトプット2を「中小製造企業200社における可燃性自然冷媒を用いた冷蔵機器製造装置の導入と実地トレーニングを行う」としました。この2つのアウトプットの結果が受益者の知識、動機、行動を促し、アウトカムの成果につながり、目的の達成に寄与するというのがTheory of Changeの考え方です。
今度は横軸に何を記述するのか見ていきます。
スライド8)横軸には、これらのアウトカムやアウトプットを評価する際にどんな資料を参考にすべきなのか?評価する指標を何にするのか、そして、それらの指標の現在の値と目標値を何にするか?これらの結果を出すにはどんな条件が仮定されるのか・あるいはどんなリスクが結果を阻害する可能性があるのか、そして、それらの仮定条件を確実にするあるいはリスクを削減するには、どんな行動を取る計画なのかを記入します。たとえば、前のスライドでお話したアウトプット2の「中小製造企業200社における可燃性自然冷媒を用いた冷蔵機器製造装置の導入と実地トレーニングを行う」の場合には、装置輸入時の税関書類や訓練参加者リストがアウトプット(結果)を出した証拠になります。指標はプロジェクト前は装置もトレーニングもしていなかったので、0ですが、プロジェクトを行うことで、200社の中小企業に装置を設置し、それぞれの企業から送られた技術者に訓練を実施します。ジェンダー主流化を適応すると、この指標で男性・女性別の数値が必要になります。自然冷媒は可燃性の物質が多いので、可燃性物質取り扱いを習得できる最低の技術レベルが要求されます。仮定としては、技術者が教育機関で可燃性物質取り扱いの授業を受けたことがあるあるいは資格を取得したことになります。もし、そのような授業や資格がないというリスクがある場合には政府や教育機関の協力を得て、それらの技術者に授業を受けてもらうことが必要になるかもしれません。
さて、ここまでのアウトプットだけだと、このプロジェクトはジェンダーマーカーというジェンダー平等を目指したプロジェクトかどうか判断する点数が低いままになります。ジェンダーマーカーの点数を高くするには、ジェンダー平等を主眼としたアウトプットが必要になります。私のプロジェクトでも今年始めてジェンダー平等を主眼としたアウトプットのあるプロジェクトを立案しました。企画自体は複雑ではなく、女性の技術者養成のアウトプットをつくり、小さいですが、独自の予算をつけることで、ジェンダーマーカーの点数を上げることが出きました。このプロジェクトは私の環境部署(年間実施予算70億円)でジェンダーマーカーのワンランク上のプロジェクトの2つ目になりました。この例では、アウトプット3「女性の新規技術者20人養成」とし、評価時の証拠書類としては、学費補助受領書や卒業証書、指標としては例えば現在200社に3人の女性技術者がいるとして、20人純増することが目標となります。仮定としては、20人の女性が技術者になりたいと応募してくれることで、20人も応募してくれそうでないリスクがある場合には、女性の技術者に講師になってもらい女性だけを対象にしたキャリアセミナーなどを開催することが考えられます。
スライド9)ジェンダー主流化という言葉を使いましたが、定義は「ジェンダー主流化とは、すべての開発政策、施策、及び事業の計画、実施、モニタリング、評価の各段階で、ジェンダー視点に立った上で開発課題やニーズ、インパクトを明確にしていくプロセスのことであり、ジェンダー平等を達成するために必要な手段であると認識されている」です。私の経験上、国際開発プロジェクトの企画、実施で使うこのログフレームというツールは、化学工学の研究や業務をどう企画し実施を支援するかというツールとしても使えると思います。
スライド10)ログフレームはプロジェクト企画・モニタリング時のツールです。実際にプロジェクトを実施する際にはどのようなジェンダー主流化のアイデアがあるでしょうか?私が普段行っている範囲でご紹介すると、以下のような例があります。
政策立案・実施)女性専門家を入れる。国のジェンダー政策を環境政策でも参照する。
人事)女性に特化した募集をする。女性のキャリアセミナーを開催する。女性の活躍を支援するNGOなどを巻き込んで募集広告を出す。面接には女性を選ぶ。職務記述書を女性が働きやすい条件に合わせる(ジョブ型雇用)
調達)技術供与企業における女性の経営者や技術者の数を評価基準に加える。技術評価に女性技術者が必ず参加するようにする。技術移転・装置稼働訓練には女性の指導者や技術者が必ず参加ようにする
イベント)イベント日程は週末を挟まない。出張が必要な場合は月曜日(週末の次の日)も避ける。
ジョブ型雇用については要旨に書きましたように、日本でも徐々に受け入れられ始めたジョブ型雇用は日本では成果を評価し易くする制度という点だけが強調される傾向がありますが、ジェンダー主流化を含めて多様な働き方を可能にする雇用形態だと考えます。国連職員は職務、責任、雇用期間を明記した職務記述書に基づき、面接などを通して雇用されます。メンバー型雇用とは異なり、勤務地、勤務形態、職務、その職務を遂行するのに必要な学歴・職歴が雇用・被雇用者両者に明確になります。同じポストに就いていれば職務記述書から大幅に異なる職務とはなりません。他のポストへ応募・異動しなければ、同じ職務を続けることになります。特定の勤務地や勤務形態の維持も容易となり、ジェンダー主流化には重要だと考えます。
スライド11)このスライドにUNIDOのジェンダー戦略の日本語簡易訳をつけておきます。アウトカムとしては、1)女性が経済力をつけ、収入が保障され、働きがいある人間らしい仕事につく(2)女性がジェンダー平等を志向するガバナンス体制の下、平等にリーダーシップを発揮・参加し、意思が反映されるとなっており、環境分野だけでなく、農業ビジネス、投資、デジタル化技術、工業政策研究分野などの組織としてのアウトプットには以下のような内容が挙げられています。みなさんのジェンダー主流化の計画と実施時のご参考になれば幸いです。
スライド12)最後になりましたが、これは最近亡くなったアメリカの最高裁判所のRuth Bader Ginsburg判事です。日本では考えられませんが、アメリカ社会では尊敬の意を込めてRBGと略されとても慕まれた判事でした。RBGが亡くなったという速報は私の娘も夜中に家族全員にメッセージを送るほどのショックな出来事でした。RBGの名言集に「Women belong in all places where decisions are being made. 」という言葉があります。これは私の勝手の思いつきですが、ある決定がなされる場面でその場に女性がいるかどうかはジェンダー平等には必要な検定(RBG検定?)としてもいいのではないかと感じています。私には娘がいますので、ジェンダー平等は他人事ではありません。日本が失われた30年から脱却し日本経済を持続可能な発展につなげるにはジェンダー平等な社会しかその土台になり得ないと信じています。これで私の発表は以上です。ご質問等あれば、メールを頂ければ幸いです。ご清聴ありがとうございました。
スライドのダウンロード:http://scej-main.sakura.ne.jp/sdgs/wp-content/uploads/2020/10/b216_iino.pdf