新興国での産業開発を仕事にしている組織の環境部門で勤務している。その部門で新興国の中小企業における環境投資を促進させるファイナンスプログラムを立ち上げるようにと部長に言われたのが昨年の11月末。ウィーンにある国連キャンパスで初めて開催したTEDxイベントが盛況に終わった翌日だった。
それから半年以上、職場の同僚とのインタビュー、職場のシステムであるSAP、ウィーン市のインパクト投資NGOなどに参加してもらった内部向けに開催したワークショップなどで議論を続けてきてようやくボーっと浮かんできたアイデアを周りのイノベーション好きの同僚に話していたら、IXOというプロトコールを読んだらとアドバイスをもらった。
ここで公開されているプロトコールに、自分達が半年以上議論してきたアイデアがすでにプロトコールの提案として全部まとまっていることに気がついた。そのときの衝撃と興奮は自分が研究者時代だったとき以来の久々のワクワク感。と同時にまだ実現にはいくつものステップがあること、またこのプロトコールがインパクト投資とブロックチェーンの融合分野に留まらずに、徐々にビジネスと投資全般のやり方に変革をもたらす可能性を示していると感じている。
簡潔にいうと、最近日本でもよく聞くであろう持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)に2030年までに到達するには年間数Trillion米ドル(1ドル112円とすると1Trillion米ドルは112兆円)不足しているといわれており、SDGの達成には民間投資がなければ絶対に実現不可能。では、その民間投資をどのようにすれば、SDGの実現に結び付けられるのかという課題に対して、なにをどうしたら民間投資がSDGに貢献したといえるのかというツールがまだほとんどないのが現状。実際に今週ニューヨークで行われた国連総会でこの話題に関連したサイドイベントがざっと数えても7つ以上あったので、現在まさにその課題の解決方法を皆が議論しているのが明らかであろう。
社会的責任を意識した投資という意味で、たまに耳にすることもあるであろうESG投資は日本でもようやく広まり始めたという段階だと思うが、インパクト投資はその次のレベルの投資コンセプト(ここでいうインパクトは必ずしもSDGという意味で使われるわけではない)。投資を利子だけでなく、インパクトというリターンで評価するという投資。これだけ利率が低くなってくると、「投資した金額が戻ってくればリターンをインパクトで返してもらうことで満足する投資家が特に欧米では増えているとのこと。」というのが実際にファンドを運営している私の知人の個人資産家の言葉。
問題はそのインパクトをどう測るかだが、SDGを測る200以上の指標(https://unstats.un.org/sdgs/indicators/indicators-list/)はあくまで国レベルでの統計データをマクロ的に見るもので、プロジェクトレベルでの投資インパクトには必ずしも適したものではない。インパクト投資の指標としてグローバルなコンセンサスを得ている数少ない例の一つが、GIIN(Global Impact Investment Network) の指標。私の勤務先が資金を得ている地球環境ファシリティ事務局も指標作成に参加した。
https://iris.thegiin.org/metrics
このIRISの指標を見ると確かに指標としては正確だろうが、それでは、本当にそれらの指標を定量できるかが疑問になるだろう。
同様の試みとしてImpact Management Projectというのがあり、このプロジェクトは上記のGIINもメンバーに入ったネットワークで、受益者を含むインクルーシブなプロセスで、インパクトを誰がどんなインパクトを受けるのか考えて、インパクトを管理する仕組みを提案している。その際に、それら考慮すべく要素もピクトグラムで表す提案をしているなど、視覚的にもわかりやすい工夫をしている。
https://impactmanagementproject.com/
これらの指標は多くの人が想像しているより主観的になものになると感じている。どんな指標が選ばれても、それらがインパクトを測るのに適していると仮定できるとしよう。ただ、実際にインパクト投資を実現するには、指標そのものよりも大きな課題がある。これらの指標(結果)をどう測ってそれにプロジェクトの何%のコストが必要かという課題である。これは過去から現在進行形の世界中全ての国際開発プロジェクトが直面してきた課題である。
コストがかかるのは、プロジェクト相手をフェアに調達方針などに沿って選び、その選んだプロジェクト相手を確実にIDして、どんな支援が必要で、結果を確認して、支払いを間違いなく受益者に送って、その支援がどのようなインパクトを生んだのかを評価する必要があるから。これらの全てのステップに新興国への出張・滞在費用、事務所運営・保安費用、コンサルタント費用、送金コスト、その他関連取引経費(トランザクションコスト)がかかるため。ここに民間投資を呼び込むには、このコストを削減する必要があるという主張には誰も反対しないだろう。
ではどうやってコストを削減しつつも、確実にIDしてインパクトを投資家にわかるような形でレポートするかという課題に対して解決策として提案されているのが、ブロックチェーンを使ったIXOプロトコール。プロトコールのインプットにはバーチャルリアリティやAIをつかうことも考慮されている。
--職場で語った夢
職場の同僚とは、結果の確認にバーチャルリアリティを使えば出張旅費と地球温暖化ガスの排出を削減できるはずと、夢のようだが、すでに実現しているツールも議論に上がった。現地の受益者のところにカメラを持ち込んで、バーチャルリアリティを撮影してもらって、プロジェクトマネージャーはその現場をVR装置を使ってバーチャルに歩き回って、質問等をインターネット上で行う。ただバーチャルリアリティのツールはディスカウント交渉してもまだ1件100万円くらいと少し高い。1件50万円くらいになれば出張費と桁は合ってくるので試してみることは可能になる。
--ここまで
ただ、いろいろな意見などを集めて半年以上議論した後に、このIXOプロトコールに行き当たった最初の反応は、「この課題って、ビジネスや投資であれば必ず行き当たる課題のはずだ」ということ。IXOプロトコールが示しているのは、特に新興国を相手にする必要のあるビジネスや投資関係者が使うインフラとして初期投資をしても総コストは削減でき投資に見合う必要なツールの技術指針やコスト削減アイデアだと理解している。
アフリカ大陸も含め多くの新興国にて固定電話を通り越して携帯電話が普及した。同じようにブロックチェーン技術が新興国における投資信頼度を高めることに貢献し、先進国では法律、裁判所、金融庁などの政府・社会システムが担ってきた信用の確立を、新興国ではブロックチェーンが一歩先に、確立してしまうことに貢献するかもしれない。ただ、ブロックチェーンだけで社会信用システムを構築できるとは全く思わない。新興国であまり信用ならない固定電話といくつもの携帯電話会社が両立しているように、ブロックチェーンがもたらす信用社会と同時に、伝統的な法治国家の枠組みで最低限の信用度をセーフガードすることが必要になるだろう。
と考えてくると、この類のツールのニーズとしてはSDGインパクト投資だけに限らず、このIXOプロトコールあるいは類似のアイデアがビジネスや投資全般の取引プロトコールに発展する可能性もあると感じている。