こんにちは。都内でデータサイエンティストとして働く
名前はこたろう、でございます。
何書こう...と考えましたが、皆さんと一番話題共有できるかなと思い、
僕自身の転職の話をしたいと思います。
前職は下請けSEとして、大手SIerと呼ばれる某社の現場で働いておりました。
良かったらお付き合いくだされ、では始めます。
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「でも」
これが当時、僕の上司だった方「以下:リングマ」の口癖だった。
リングマ氏は、とにかく細かい人だった。僕や先輩の報告や提案に対しても、
「でもこの場合は?で、この場合は、この場合はどうなの?この場合は?」
重箱の隅をつつき倒すようなツッコミは、しばしば僕や上司の感情を逆撫でした。
当然この細かすぎる観点まで目がつく存在は組織に必要なんだと、
まだ社会人ペーペー僕にも何となくは分かる。
が、僕は疲れてしまった。
少し自慢話をしてしまうが、学部新卒(文系)で前職に入社した僕は、
理系院卒のエリート達に追いつけるよう、自分なりに必死に勉強をした。
結果、システム系の高度資格を1年で複数取得した。
この実績と態度が認められ、新人では異例の新規開発案件に配属された。
ただ、これが良くなかった。
これである。
約800人程度が参画しているような、
日本では相当大きな開発案件。
その中に、当時資格取得後間もない僕は放り込まれた。
仕事内容はデータベースの性能改善。
要は、webサイトで「検索」ボタンを押して、
検索結果が返ってくるまでの時間を限りなく早くするお仕事だ。
皆様も、googleで検索したはいいものの、検索結果出るまでに1,2分かかる
なんて嫌だと思うが、開発段階ではそんな事が多発する。
それを改善するプロフェッショナル、という立ち位置だった。
遅ればせながら僕が取得したのは
「Oracle Master Oracle Database Gold」という資格。
通称オラクルゴールドと呼ばれ、高度なデータベースエンジニアであることを
証明するような資格だ。
何で取ったの?1日も早く理系院卒達に追いつきたかったからだ。
現場では良くも悪くも
「新卒でオラクルゴールドを持っている人材」として重宝された。
40や50を超えたオジサンたちが
「こたろうさんが言うなら設計見直してみます」っていうスタンス。
上司や、同じチームの諸先輩方、大手SIerの基盤系の方々も例外なく
「こたろうくんはゴールド持ってるから」
これが半ば合言葉だった。
とても新人故の甘え、なんて許されず、
早くからデータベースのプロとしての責任感を植え付けられながら、
仕事を行っていた。
確かに、新人ながらこういった扱いを受け、
お世辞だったとしても期待の言葉をたくさん頂けることに関しては、
ありがたい限りだったし、その期待に応えられるよう配属後も自主勉などして
知識を蓄えた。
貴重な機会だったし、凄くありがたい現場だった。
ただ。
反面限りなく辛い事があったのだ。
労働時間は確かに多かった。
安倍首相が「過労死ライン」と呼ぶラインの倍近く、皆が働いてるような。(笑)
でも僕にとって一番辛かったのはそこじゃない。
「若い時にはハードワークも大事」ってどこかの偉い社長も言っておられたし。
その辛い事については
また次回で。
拙い文章をここまで読んでいただいてありがとうございます。