日産自動車のカルロス・ゴーン前会長が日本を出国し、レバノンにいると2019年12月31日に報道されました。ゴーンさんは以下の声明を発表しました。
「私は今レバノンにいる。もはや国際法や国際条約の下での日本政府の法的義務を著しく無視し、有罪が前提とされ、差別が横行し、基本的人権を否定する不公正な日本の司法制度の人質にされることはない」(I am now in Lebanon and will no longer be held hostage by a rigged Japanese justice system where guilt is presumed, discrimination is rampant and basic human rights are denied, in flagrant disregard of Japan's legal obligations under international law and treaties it is bound to uphold.)。
形式的には保釈条件の海外渡航禁止に違反したことになりますが、日本では公正な裁判を受けられないと考えたものと思います。実際、ゴーンさんに同情的な声が出ています。
以下はゴーンさんの友人の指摘です。「ゴーンさんは、様々な点で検察、日本に怒りを感じていた。妻と長く会うことも許されず、最初から有罪ありきの検察の捜査にも非常に憤りを感じていた。当初は日本で裁判を戦い、無罪を勝ち取ると意欲的だった。だが、保釈中、いかに日本の司法制度全体が検察主導で、有罪ありきの構造になっているかを知り、絶望感を感じていた」(「ゴーン被告の在日フランス人の友人らが明かすレバノンへの“逃亡劇”の全真相 」AERA 2019年12月31日)
郷原信郎弁護士は2019年12月31日のTwitterで以下のようにツイートしました。「弁護人には誠に気の毒だし、裁判所の理解を裏切ったことは残念だ。しかし、重要なのは今後のことだ。ゴーン氏事件の検察捜査はあまりにデタラメだった。レバノン政府に対してゴーン氏の身柄引渡しを求めても、果たして国際社会に通用するだろうか。狭い日本の司法だけの問題ではなくなったといえる」
ゴーンさんの声明の導入部「今レバノンにいます」から、大成建設のCM「今、シンガポールにいます」を連想しました。CMは海外で活躍していることを理由に同窓会の出席を断ります。日本にいると断りにくい負担を海外にいることで堂々と拒否できます。日本社会の閉塞感を示します。ちなみに大成建設はリニア中央新幹線工事の談合事件で捜査の不当を抗議しており、ゴーンさんの事件と通じるところがあります。
ゴーンさんは自分が人質にならないと主張しました。ゴーンさんの場合は人質司法の本来の意味に加え、日産がルノーに対して有利に交渉する国策の人質にされているという面もあるでしょう。海外のビジネスパーソンからすると、警察や検察の裁量が巨大で説明が不透明な日本の刑事司法は、日本のビジネスパーソンが中国の刑事司法に感じることと同じようなリスクを感じるのでしょう。
国内産業の保護育成という昭和の経済政策に固執している公務員組織にとって、日本の大企業が外資に統合されることは許しがたいという発想があるのではないでしょうか。しかし、それは偏狭な思想です。実際、ルノーとの関係見直しを推進した2019年の日産自動車の株価は下落傾向でした。2019年1月に800円台の株価は12月に600円台になりました。むしろ、世界第一位の自動車メーカーとなれば、活躍の場が広がったのではないでしょうか。
かつて日本は社会主義国的と言われたことがありました。それは資本主義の失敗をカバーしているという肯定的な文脈で使われていました。しかし、21世紀には官僚主導・官僚支配国家という日本の後進性を示す形容になります。日本が世界中からビジネスしやすい国と評価され、イノベーションを集積する場とする上で人質司法は大きな障害です。