岩谷産業にとってカセットコンロは単なる象徴ではない。全社の業績にもちゃんと貢献している。決算説明資料から推測するに、コンロとボンベの売上規模はおよそ200億円。2020年3期の全社売上高が7,473億円(前年比+4.5%)の見通しだから、割合としては極めて小さい。だが、増益への寄与度となると存在感が違ってくる。全社営業利益の計画は305億円(前年比+15.3%)。前年からの増益額が40億円だが、このうち6億円程度はコンロとボンベの増収効果ではないかと推定される。そもそも、2ケタ増益の見通し自体が立派であるが、寒い季節の必需品であるコンロとボンベが意外に成長していることに驚きを感じた
成長の要因は二つある。国内シェアの拡大と海外市場の開拓だ。カセットコンロの国内シェアは実に80%を占める。数年前の資料に65%と記載されているから、業界内でのポジションを短期間でさらに強固なものとしたらしい。もともと1969年にカセットコンロを初めて発売したパイオニアであるうえに、新製品の開発にも積極的に取り組んでいる。たかがカセットコンロ、されどカセットコンロ。ホームページを見ると、11の製品がラインナップされている。『スタイリッシュなうす型コンロ』、『和の空間にも映える木目調のコンロ』、『風にも強いトップカバー付きコンロ』・・・。優れたデザインが評価されて、グッドデザイン賞を受賞した製品も3つある。業界トップの地位に安住することなく、新たな需要を喚起するために変わり続ける精神が岩谷産業には息づいているのかもしれない。
変わり続ける精神は海外市場の開拓にも及ぶ。なかでもアジア地域においては、中国市場での拡販が進むほか、東南アジアにも販路の裾野を広げつつあるようだ。2018年度における中国でのカセットボンベの販売本数は約4,500万本。この10年間で3倍以上に膨らんでいる。岩谷全体の販売本数が1億2,100本なので、中国市場が占める割合は意外に大きい。ここに東南アジアが加われば、成長ペースが加速することは間違いないだろう。
岩谷産業の課題は水素事業の損益改善だろう。国内におけるFCV(燃料電池自動車)向け水素ステーションの損益は先行投資負担で赤字が続いているとみられる。一方、国が掲げる水素基本戦略において、国内の水素ステーションは現在の110カ所から2030年までに900カ所へ増設される計画だ。この長期ロードマップを信じて、岩谷産業も現状の27カ所から2020年度末には53カ所へ倍増を目指している。「まずはインフラを整備して、あとはFCVの普及を待つ」。当面の赤字を経営陣は甘受する覚悟のようだ。ポイントは、FCVの国内保有台数が現在の3,500台からどのような普及カーブを描くか。仮に期待を下回るようならば、水素事業の損益改善が遅れることはもちろん、将来的に設備の減損リスクも想定する必要が出てくるだろう。
岩谷産業の企業理念は『世の中に必要な人間となれ 世の中に必要なものこそ栄える』。カセットコンロは見事に必要なものとなった。果たしてFCVはどうなるだろうか。