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16世紀の海戦に色んなものが詰まってると思ったから聞いて欲しい

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  • クロサワ
  • 2026/01/29 07:16

――16世紀スペインとイングランド、海軍比較

16世紀後半。ヨーロッパの海を舞台に、当時最強と謳われたスペインの「無敵艦隊(アルマダ)」は、国力で劣るはずのイングランドに敗北します。

この敗北は、単なる戦術ミスや天候不順だけでは説明できない。そこには国家の性格――何を尊び、何を恥とし、何にコストを払うかという選択が、はっきりと刻み込まれているように思います。

16世紀のスペインとイングランドを「海軍」というレンズを通して比較し、正しさと実利、正統性と柔軟性がどのように戦争の形を決めたのかを見ていきたい。
 

 

スペイン──正義と秩序を背負った帝国

フェリペ2世と世界帝国

16世紀のスペインは、フェリペ2世(ハプスブルク家=カトリック)統治下にあった。中南米の銀、ネーデルラント、イタリア、フィリピンへと広がる領土は「太陽の沈まない国」と称され、名実ともに世界帝国である。

その軍事力の象徴が、最強の陸軍テルシオだった。

・圧倒的な練度と規律を誇る常備歩兵軍団

・ヨーロッパ陸上戦の覇権を象徴

一方で、常備軍の維持は国家財政を恒常的に圧迫する重荷でもあった。

 

カトリックの守護者という自己認識

レコンキスタ(キリスト教領域とイスラム教領域との抗争)完遂以降、スペインは自らをカトリック世界の守護者と位置づける。

・「血の純潔」というユダヤ教やイスラム教からの改宗者を社会的に排除する価値観

・国家の分裂を防ぎ、魂を救うという使命

この使命感は、異端審問の強化や、商業・手工業を「卑しい労働」とみなす風潮を生んだ。名誉と正しさを重んじる一方で、実利を追う行為にはどこか後ろめたさが付きまとう社会だった。

 

ノブレス・オブリージュという重荷

スペインにおけるノブレス・オブリージュ(※1)は、単なる「余裕ある者の善行」ではない。

オスマン帝国に対するヨーロッパの盾であり、プロテスタントに対抗する信仰秩序の番人であり、帝国の存亡を背負う十字架であった。

「王者が泥棒のような真似はできない」

この美学は、遠距離からの略奪的砲撃や私掠行為を、どこか卑怯なものとして忌避させた。(私掠も植民地搾取もあったが、もはや歯止めが効かなくなっていたからこそ後追いでこのブレーキが必要になったとも言える)

 

中央集権と意思決定の硬直

フェリペ2世は「書類王」と呼ばれるほど勤勉な統治者だったが、

・あらゆる決定を自身で行う

・現場指揮官に裁量を与えない

という統治スタイルは、情報のマドリード集中と意思決定の遅延を招いた。

結果として、成功体験の再生産には長けるが、環境変化への適応は遅い軍制が出来上がる。

 

スペイン海軍の姿

こうして形成されたスペイン海軍は、陸戦の延長線上にあった。

戦艦(浮かぶ城塞)

・船体を高くし、多数の兵士を搭載

・接舷白兵戦を前提とした設計

・陸軍的思考が強く反映された

人材と指揮系統

・兵士(貴族)と水夫の明確な身分差

・航海の専門家よりも貴族の判断が優先

物流と補給

・国内産業基盤の弱体化

・樽の精度が低く、長期航海での水・食糧管理に難(※2)

・ロジスティクスが国内で完結しない

 

 

イングランド──実利を選んだ海の国

エリザベス1世と毛織物国家

一方のイングランドは、エリザベス1世統治下の中規模国家である。

・経済の柱は毛織物工業

・常備軍を持たず、有事ごとの徴兵制

練度不足という弱点を、彼らは別の方法で補った。

 

漁師という兵力

海戦の時代において、操船技術は何よりの武器となる。

イングランドは、漁師を徴兵対象に組み込む。

北海で鍛えられた操船技術をそのまま軍事力に転用することで、屈強な男・船・操船技術を一挙に確保した。

これは同時に、農村部の不安定層に対する失業対策でもあった。

 

宗教改革と「政治的断食」

ヘンリー8世によるイギリス国教会の成立は、魚食文化を衰退させた。カトリックの断食日(フィッシュデイ・※3)が否定され、漁業は打撃を受ける。

そこで導入されたのが政治的断食(Political Lent)である。

・軍事目的:水兵と船の確保

・経済目的:国内産業基盤の維持

・食糧目的:家畜資源の温存

不人気な政策ではあったが、国家戦略としては極めて合理的だった。

 

国家公認の海賊

こうして育った船と男たちは、有事には海軍・平時には私掠船(スペイン側から見れば海賊)として活動し、スペイン銀を奪った。

この「きれいではない行為」は、財政の潤滑油・実戦経験の蓄積という二重の利益をもたらす。

 

イングランド海軍の姿

戦艦(白兵戦の拒否)

・低い船体と細長い船型

・高速・安定性重視

・遠距離砲撃によるヒット&アウェイ

人材と指揮系統

・元海賊や造船関係者などの叩き上げ

・実力主義

物流と補給

・毛織物工業に支えられた産業基盤

・樽の精度が高く、長期航海に強い(※2)

・ロジスティクスが国内で完結

成功体験は迅速にフィードバックされ、アルマダ海戦前後で戦術は急速に洗練されていった。
 

 

正しさと勝利の距離

総じて、

・イングランドは正当性をある程度犠牲にしてでも実利を取りに行けたミニマムな国家

・スペインは巨大帝国を支える秩序と正しさに莫大なコストを支払った国家

だったと言える。

「正当性が力を生む」と信じたスペイン。
「力が正当性を生む」と割り切ったイングランド。

その性質は、戦術・指揮系統・経済制度にそのまま反映され、結果としてアルマダ海戦において、当時最強とされた無敵艦隊は敗北した。

正しさは、美しい。
だが、重い。

時に、その重さは船を沈める。

 

時を経て、このことは20世紀初頭の日露戦争における日本海海戦にも劇的なほど酷似しているのでご興味あれば是非調べてみてください。

そしてさらに時を経た現代はどうでしょうか。
 

※1:当時のスペインにおけるノブレス・オブリージュ
現代では富裕層の慈善活動といった意味合いで使われることが多いが、16世紀のスペイン帝国(ハプスブルク家)におけるノブレス・オブリージュとは「帝国の存続とカトリック世界の秩序を支える責任を引き受けること」を意味していた。
自己拘束的な規範:覇権国家である以上、正統性を損なう手段によって利益を追求してはならない
対オスマン帝国の防波堤:当時地中海から欧州世界を脅かしていたオスマン帝国に対する防衛の最前線を担った
名誉と引き換えの莫大な人的・財政的負担:中南米の銀をもってしてもなお国家財政を圧迫し続けた

信仰秩序の維持者としての責任:プロテスタントの台頭に対し、スペインは自らをカトリック世界の守護者と位置づけた。イングランドとの対立も、単なる国益衝突というよりは、「逸脱した秩序を正す」という宗教的・倫理的意味づけのもとで理解されていた。

効率よりも正当性を優先する選択:イングランドが私掠行為を国家戦略として制度化したのに対し、スペインはそれを「王者の軍隊にふさわしくない手段」として忌避する傾向があった。遠距離からの略奪的砲撃や私的利益の追求は、短期的には有効であっても、帝国の正統性を損なう行為とみなされたのである。

このように、スペインのノブレス・オブリージュとは
弱者への配慮というよりも、強者であり続けるために自らに課した制約であり、
その倫理的選択は、同時に帝国の行動自由度を狭める要因ともなっていた。
 

※2:近世海軍における「樽の精度」の意味
16世紀の外洋航海において、樽は単なる容器ではなく、艦隊の行動半径を規定する軍事インフラであった。
水、塩漬け肉、乾パン、火薬はいずれも樽によって保存・運搬され、樽の密閉性や耐久性が低い場合、腐敗や漏出によって航海能力は急激に低下する。
樽の品質は、森林資源、製材技術、鉄製タガの生産、職人の熟練度といった国内産業基盤に強く依存しており、輸入に頼る国家では安定供給が難しかった。
イングランドでは毛織物工業を中心とする国内産業網がこうした補給インフラを支えた一方、スペインは銀を媒介とした国際取引に依存していたため、補給品質にばらつきが生じやすかった。
 

※3:カトリックにおける断食日(フィッシュデイ)とその批判
・金曜日(イエスが十字架にかけられた曜日)
・時期によっては水曜日と土曜日も含まれる
・主要な聖人が聖人となった日
・レントという期間(復活祭前日までの46日間のうち、日曜日を除く40日間)
元々はもう少し少なかったが公会議(典礼など教会全体の重要事項について審議・決定する最高会議)を経るごとに増えていった。
国・地域・時代によってどこまで守られるかに差はあれど全部合わせると一年の半分程度が断食ということになる。
→以下の批判が生まれる(カトリック側にも主張はある※4)
・内陸部に住む人達に魚は手に入りにくい
・プロテスタントは断食自体は肯定しているが、魚食は罰金を取るためのカトリック的都合ではないかと「食事の自由」を主張
・断食とはアダムとイヴが知恵の身を食べてしまったことに対する反省である
・断食とは人間の肉体を抑制し、魂と精神のもとに置くためのものである
・魚がOKなんて記述は聖書にない
→不人気
→イギリス国教会への移行でフィッシュデイから解放された
→魚食はかっこ悪い忌むべき風習となった
→漁業の衰退
だからイギリス国教会は漁業振興策として改めて政治的断食を行う必要があった(もちろん不人気)
 

※4:カトリック側の主張
以下のことから初期キリスト教ではパンとワインに加えて魚も重要なものだった。
・キリスト教が迫害されていた時代に信者同士の密かなシンボルとして魚(ΙΧΘΥΣ)が使われていた
・十二使徒の内4人が元漁師(初代教皇ペテロを含む)
・ペテロ(シモン)とイエスの出会いは漁での奇跡であり、スカウト文句は「あなたは今から人間を獲る漁師となるのだ」=魚とは信者のメタファー
・イエスは5つのパンと2匹の魚で5000人の空腹を満たす奇跡を起こした
・イエス復活後のペテロとの再会も漁での奇跡
つまり、魚を食べることは「質素な我慢」であると同時に「信仰の確認」でもあり、「キリストとの食事」を想起させる神聖な行為でもあった。
また、当時の医学的見地として、以下の通り魚食は禁欲に利する。
体液理論(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁のバランスが健康状態に影響する)によると、血液は温かくて湿っている。男も女も等しく体内で精液を作り、精液は血液でできているため、性欲を抑えるには血液をあまり作りすぎないほうがいいということで、以下が成立する。
・温かいものは欲を強める=肉はよろしくない
・冷たいものは欲を抑える=魚は食べたほうがいい

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