夏休みだ。日頃、仕事で忙しくしていると、たまの平日休みに何をしていいか分からなくなってしまう。昼過ぎまで寝て、あてもなく家をでた。炎天から逃げるように図書館に入った。
本を読むのも久しぶりだ。たまには大人の教養をつけるべく、ちょっと難しめの科学書などしゃれこんでみようか。借りた本を携えて、カフェで冷たいコーヒーを買い、少し涼しくなった夕方の公園、広場のベンチに座った。子供たちが遊ぶ声を聴きながら、読書に浸る。
・・・いや、これは読んでいるふりだった。まったく内容が入ってこない。文字群をなぞるだけで、その実、何も理解できていない。カッコつけて難しい本にしたのが悪かった。時間とコーヒーだけが無為に減っていった。日没も近づき、公園に人影も少なくなっていった頃、夕食は何食べようかな、なんて考えていた時、
「おにいさん。勉強おしえて。」
目の前に女の子が立っていた。
第一印象としては将来とても美人になるだろうなと思った。何歳ぐらいだろう小学生3、4年から下手したら中学生ぐらいにまで見える。かわいいという形容では足りない、なんとも魅力的で不思議な雰囲気の子だった。女の子と断じたがそれも怪しい、中性的な浮世離れした存在であった。そんな子が一人でどうしたのだろう。
聞いてみたら、夏休みの自由研究で困ったことがあるらしい。難しい本を読んでいたからおにいさんならわかるかな、とのこと。勘違いもはなはだしいが、子供を一人で外に放置するわけにもいくまい。幸い家も近いようなので、送っていくことにした。
「お願い。少しでいいからアドバイスして。」
家まで送り、すぐに帰ろうとしたが強くせがまれた。中に入るのも忍びないので、その子の家の縁側にすわって少し話をきくことにした。
「おいしい蜜の作り方ってタイトルなの。」
どうやら色々な方法で飼育したサンプル(サルビアとかツツジかな?)の蜜をとって一番おいしい蜜の作り方を研究しているらしい。ぼく自身も小学生のときの下校中、花の蜜を吸った記憶がある。なるほど、これは面白い。色々な条件を変えて結果をだせばそれなりにまとまった良い研究になりそうだ。
「コーヒーどうぞ。」
話も長くなってきたので、アイスコーヒーを出してくれた。気が利くいい子だ。なんでもこのコーヒーの中にも実験途中の余った蜜が入っているらしい。普通の砂糖とは違う不思議な味がするような----?
これも成分調製していない蜜の特徴かもしれない。実験は今までに、サンプルに水を与えなかったり、逆に水を多量与えたり。温度の高い所に放置したり寒い所に置いたり。ちぎってみたりしてみたらしい。良い環境で飼育したものは味がいまいちで、悪い環境のものはどれもそれなりの蜜になるらしい。やはり生存本能が働き、上質な蜜になるのだろうか。
ここでやっと本題だが、次の飼育環境に迷っているので助言がほしいようだ。とはいっても現状できそうなことはもうおこなっている気もする。ぼくに言えることは無さそうだ。申し訳ないけれどそろそろ帰らせてていただこう。そんな遅い時間でも無いのに眠くなってきたし。実験が終わったら蜜を食べさせてもらう約束でもして。
「次は殴ったり、毒をあげようと思うの。」
何を言っているのだろう。今までの実験上、悪い環境に置くことが蜜の味向上の共通項みたいだけど、その表現はおかしくないか。もう、とっぷり日も暮れてしまった。そういえばこの子のご両親はいったい何を。
「おにいさんはどんな味かなあ。」
もう帰ろう。何も言わずに。振りかえらずに。今日のことは忘れよう。しかし、立とうと思っても力が入らない。ぎりぎり口が動くくらいだ。体のしびれがひどい。これは何かの間違いだろう。ぼくは聞く
「ねえお嬢ちゃん、このコーヒーの蜜はどんな花からとれたの。」
「花? お花にひどいことなんかできないよ。おにいさん知らないの。
人の不幸は蜜の味。って。」
ぼくの意識はここで途切れた。