

現代社会は急速な変化の中にあり、私たち一人ひとりがこの変化に対応し、豊かな人生を切り拓くために必要な力が問われています。その中で特に注目されているのが「非認知能力」であり、その核となる要素の一つが「自己肯定感」です。日本では、若者の自己肯定感が諸外国と比較して低い傾向にあると指摘されていますが、これは決して悲観すべきことばかりではありません。本稿では、この「自己肯定感」という課題に焦点を当て、非認知能力を家庭や学校でどのように育み、子どもたちが自信を持って未来を生きる力を身につけられるのかを考察していきます。
人間の持つ力は多岐にわたりますが、大きく「認知能力」と「非認知能力」の二つに分類されます。「認知能力」は、学校のテストで測るような知識や技術といった、数値で把握できる力を指します。例えば、算数の計算力や読み書きの能力などがこれに当たります。
一方、「非認知能力」とは、学習や行動に必要な「心の力」のことで、数値では測ることができないものの、豊かな生活を送る上で非常に重要な能力の総称です。これには、以下のような多様な能力が含まれます:
諦めずに物事に粘り強く取り組む力(グリット)
豊かな感情を持ち、それを制御する力(自己制御・感情調整)
周りと協働して生きていく力(協働力)
コミュニケーション能力
自己肯定感
誠実性:課題にしっかり取り組むパーソナリティ
好奇心:新たな知識や経験を探究する原動力
批判的思考:情報を適切に読み解き活用する思考力
楽観性:将来をポジティブにみて柔軟に対処する能力
時間的展望:過去・現在・未来を関連づけて捉えるスキル
情動知能:情動(自分の気持ち)を賢く活用する力
自尊感情:自分自身を価値ある存在だと思う心
セルフ・コンパッション:自分自身を受け入れて優しい気持ちを向ける力
マインドフルネス:「今ここ」に注意を向けて受け入れる力
レジリエンス:逆境をしなやかに生き延びる力
エゴ・レジリエンス:日常生活のストレスに柔軟に対応する力
これらの非認知能力は、テストの点数では測ることが難しい一方で、人間関係、仕事、学習の成功に不可欠な役割を果たします。急速に変化する現代社会を生き抜く力として、また、人生を豊かにするための重要な能力として、その重要性が高まっています。さらに、非認知能力は生まれつきのものではなく、日々の経験や努力によって鍛えることができ、特に幼児期における育成が重要であると考えられています。
文部科学省も、この非認知能力の育成を重視しており、平成29年に公示した「新しい学習指導要領の考え方」において、「主体的な学び、対話的な学び、深い学び」という「アクティブ・ラーニング」の視点を取り入れた授業改善を推進しています。これは、学修者が能動的に学ぶことで、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験といった汎用的能力の向上や育成を目指すものです。社会構造や産業が変化し、正解のない課題が増える時代において、多様な価値観を認め合い、他者と協調しながら課題解決に取り組む能力を育むために、非認知能力の育成は不可欠なのです。
内閣府が実施した「日本を含めた7カ国の満13~29歳の若者を対象とした意識調査(平成25年度)」によると、「私は自分自身に満足している」という質問に対し、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と回答した日本人の割合は45.8%で、アメリカの86%と比較して低い結果が出ています。この調査では、「自分には長所がある」「うまくいくか分からないことにも意欲的に取り組む」といった質問に対しても、日本は他国に比べて軒並み低い傾向が見られます。
しかし、この自己肯定感の低さについて、有識者からは、他者との比較の上で回答している可能性があり、自分の状況を客観視できていることの表れであるとも考えられるため、必ずしも否定的にとらえる必要はないという意見も出ています。一方で、過度に「自分に自信が無い状況」や「自分を無価値な存在だと感じること」の表れである可能性も指摘されており、この観点からは、バランスの取れた自己肯定感の育成が重要とされています。
自己肯定感とは、本来「生きよう」「幸せになりたい」という生きるための基本的な力であり、否定的な状況の中でも肯定的な側面を見出し、物事の解釈を変えることができる根源的な感覚を指します。重要なのは、ネガティブな感情を否定するのではなく、それらを含めて「生きること」と捉え、最終的に肯定的な側面を見出して積極的に生きることです。自己肯定感が高い状態とは、他者ではなく、「昨日の自分」や「目指すゴールに向かう自分」を比較対象とすることです。
自己肯定感は、以下の6つの感覚で構成されるとされています:
自尊感情(木の根): 自分のことを価値ある存在として肯定的に捉える感情。
自己受容感(木の幹): 自分の良いところも悪いところも、強みも弱みもすべて含めて自分だと認められる感覚。
自己効力感(木の枝): 自分の力を信じる感覚。失敗や困難に直面しても「自分ならできる」と思える力。
自己信頼感(木の葉): 自分が存在することに対する自信。自分の可能性に蓋をせず挑戦できる。
自己決定感(花): 物事を自分で決められる感覚。自分の望む人生を自分で選択できる。
自己有用感(実): 自分は誰かにとって有用な存在であり、役に立てていると信じられる感覚。これは利他的な行動にもつながる。
これら6つの感覚が揃うことで、心の免疫力が高まり、生きる力としての自己肯定感が育まれるのです。
子どもたちの非認知能力、特に自己肯定感を育む上で、家庭での取り組みや親・家族との関わり合いは非常に重要です。なぜなら、家庭は子どもたちが最初に社会性を学び、粘り強さや感情制御能力といった様々な非認知能力を鍛える「成長の基盤」であり「最初の教室」だからです。
発達心理学における**「安全基地」**という考え方は、親や保護者が子どもにとって安心して戻って来られる場所となることを意味します。子どもはこの「安全基地」から世界を探検し、新しいことを学んだり困難を乗り越えたりする勇気と自信を育んでいくのです。
非認知能力を育てるために、特別な活動をする必要は必ずしもありません。この力は日常生活の中で自然に育っていくものだからです。親が心がけるべきは、日々の生活の中で子どもと丁寧に関わることです。
具体的には、以下の5つのポイントが挙げられます。
1. 子どもを肯定的に捉えて、味方であることを伝える
親の温かい関心と理解は、子どもが自己肯定感や自信を育む上で不可欠です。
子どもの行動が一見筋道が立っていなかったり、困るものであったりしても、できる限り子どもの視点に立って肯定的に捉え、手助けすることで、子どもは安心して主体的に行動できるようになります。
2. 子どもの声をよく聞く
子どもとじっくり会話をし、子どもの意見や感情をよく聞いて受け入れることが大切です。
感情を話し合ったり、絵や言葉で表現する機会を提供することで、子どもは自己認識を深め、他者とのつながりや共感の心地よさを感じることができます。
自分の感情を理解し適切に表現できる能力は、共感性やコミュニケーション能力の獲得にもつながります。
3. 我慢の機会も必要
子どもに自己制御力や忍耐力を育てる機会を与えることも重要です。
待つことや感情をコントロールすることなど、日常の様々な状況で、自分の感情を理解して制御する練習を積んだり、忍耐力を鍛えたりすることが大切です。
スポーツや音楽の練習なども、目標に向かって努力を続けることで忍耐力が育つ良い機会です。
4. 子どもを信じてじっくり見守る
子どもが何かに挑戦しようとしている時、たとえ失敗しそうに見えても、できる限り子どもを信じて挑戦させましょう。
失敗は貴重な成長のきっかけです。失敗してもじっくり見守り、ポジティブな声かけでサポートすることが大切です。挑戦と失敗を通じて、子どもは問題解決力や自己調整力を発展させることができます。
5. 周囲との関わりを大切にする
他人の気持ちを理解し、思いやりを持つことは、社会的なスキルの発達につながります。
子どもと一緒に友達や兄弟姉妹、親戚、地域の人々との関わりを大切にしましょう。親自身が周囲との良好な関係を築くことは、子どもにとって最も良い手本となります。
友人や兄弟姉妹との遊びは、社会性や協調性を養う大切な場であり、自己表現や他人とのコミュニケーション能力を発展させます。交渉や協力、相手への配慮、自分の主張を伝える経験を積むことができます。
これらのポイントを心がけることで、親の愛情と関与が、子どもの非認知能力育成における最も大切な要素となり、彼らが自信を持って未来へ進むための土台を築くことができます。
学校教育の現場でも、非認知能力の育成に向けた様々な試みがなされています。過去には部活動や特別活動を通じて間接的に育まれていたこれらの能力を、現在は意図的に育成しようとする動きが見られます。
例えば、ある高校では、生徒が車座になって自分の気持ちや考えを発表し合い、聞き手はすぐに否定せずに傾聴することを大切にする活動を通じて、共感的なコミュニケーション力を高める試みがなされています。これにより、他者を受け入れる心や豊かな感情表現の育成を目指しています。また、演劇教育を取り入れることで、他人の立場に立って物事を考え、多角的なものの見方・考え方を育成する学校もあります。
文部科学省が推進するアクティブ・ラーニングは、この非認知能力育成の中核をなす教育手法です。これは「主体的な学び」「対話的な学び」「深い学び」の3つの要素から成り立っています。
主体的な学び: 学ぶことに興味や関心を持ち、自分のキャリアと学習の関連性を意識しながら、将来を見通して粘り強く取り組むこと。また、学習活動を振り返り、次の学習につなげることが含まれます。
対話的な学び: 子ども同士、あるいは教職員や地域の人々と対話すること、さらには先人の考えを手がかりにすることで、自分の考えを広げ、深めること。
深い学び: 物事を学ぶ過程で、知識を他の情報と関連付け、自分の考えを形成し、問題を自ら見つけて解決策を考え、アイデアを創造すること。
これらのアクティブ・ラーニングを通じて、子どもたちは、多様な価値観に耳を傾け、相手の考えを認め、尊重する姿勢を学びます。これは、社会の変化に適応し、正解のない課題に他者と協調しながら向き合うために不可欠な能力です。
自己肯定感が高い子どもたちは、「挑戦心」「達成感」「規範意識」「自己有用感」に関する意識が高い傾向にあります。また、「今の自分が好きだ」という自己肯定感が高い場合、「自分には自分らしさがある」「勉強に関する意識」「体力に関する意識」も高まることが示されています。さらに、「自分自身に満足している」子どもは、「長所」「自己有用感」「主張性」「挑戦心」「家庭への満足度」が高い傾向にあります。彼らは「努力しても報われない」「日本は競争が激しい社会である」とは考えていない傾向があります。
学校での主体的な学びや協働活動、先生が子どもの良いところを認めること、家庭で親が褒めることや愛情を注ぐことは、**「挑戦心」「達成感」「規範意識」「自己有用感」**を高めることにつながります。特に、他者との協働の中で自分の役割を果たし、目標達成時に周囲の大人に認められることによって成功体験を感じるという一連の取り組みを継続的に行うことが、子どもの発達段階に応じた自己肯定感の育成に重要だと示唆されています。
自己肯定感は、人間が本来持ち合わせている力であり、どんなに低い状態であっても取り戻し、高めることが可能です。自己肯定感を高めるための具体的な方法として、「4つの窓」というメソッドがあります。
一瞬×他力: 他者の力を借りて瞬時にできること。例えば、疲れた時に暖色系の花をリビングに飾るなど、心地よい環境を整えることです。
一瞬×自力: 自分の力で瞬時にできること。「疲れた」「最悪」といったネガティブな口癖を「なんとかなるよ」「今日は最高!」といったポジティブな言葉に変えることです。
習慣×自力: 自分の力で継続的に取り組むこと。短所を長所に捉え直す「リフレーミング」を習慣化し、常に良いところ探しをすることです。
習慣×他力: 他者の力を借りて継続的に取り組むこと。ボランティア活動や学びの場など、自分がポジティブになれる新たな人間関係に積極的に参加することです。
これらの具体的な実践を通じて、自己肯定感は少しずつ向上していくことができます。
日本における若者の自己肯定感の低さという課題は、非認知能力、特に自己肯定感を育むための意識的な取り組みの必要性を示唆しています。非認知能力は、学力のみならず、人間関係、仕事、そして個人の幸福な人生にとって不可欠な心の力です。
子どもの非認知能力、特に自己肯定感を高めるためには、家庭と学校が連携し、日々の生活や学習の中で適切な働きかけを継続的に行うことが重要です。親は「安全基地」として子どもを支え、肯定的な関わり、積極的な傾聴、忍耐力を育む機会の提供、そして何よりも子どもを信じて見守る姿勢が求められます。学校では、アクティブ・ラーニングのような主体的・対話的・深い学びを通じて、子どもたちが自らの可能性を信じ、他者と協働しながら、答えのない未来を切り拓く力を育むことが期待されます。
愛とは、自分自身の価値を認め、大切に扱うこと、そして同時に相手の価値を認め、相手を大切に扱うことであるという考え方もあります。自己肯定感を高めることは、自分を愛し、ひいては他者を愛することへとつながる好循環を生み出します。子どもたちが自分に自信を持ち、周囲と良好な関係を築き、社会の中で役割を果たしながら生きていくことの素晴らしさを認識できるよう、私たち大人が共に非認知能力の育成に取り組んでいくことが、彼らの、そして日本の豊かな未来を築く礎となるでしょう。










