今回は仮想通貨がテーマとなっていて第160回(2018年下半期)芥川賞を受賞した『ニムロッド』(上田岳弘)を読んでみた感想を書いていこうと思います!
芥川賞は好きでここ数年、(年に2回)受賞作が発表されるたびに文芸春秋を買って読んでいるのですが、文芸春秋を買うと選考委員会がなぜこの作品を選んだのかのコメントが読めてお得なんですよね。特に今回は芥川賞を受賞した作品が『ニムロッド』の他にもう1作(町屋良平著「1R1分34秒」)あって、芥川賞2作品が1000円で読めちゃうのでさらにお得感あります♬
そんな流れで、仮想通貨をテーマとした小説が芥川賞を受賞したという事でわたしが読書感想文を書くことに勝手に義務感を感じてしまったので、気になった点や印象に残った描写などを取り上げてみようと思います。正直あまりオチらしいオチはありませんし、小説を読んでいない人にすべてを説明するのも難しいのでかなり読みづらいと思いますが小説の面白さをお伝えできればと頑張ります。
まず物語の主要な登場人物を3名紹介したいと思います。
中本哲史
38歳。システムエンジニア。ビットコインをマイニングする”採掘課”の課長。時々、左目から理由なく涙が流れる。ビットコインの開発者といわれるナカモトサトシと同姓同名。
田久保紀子
中本哲史の恋人。37歳。離婚歴・堕胎経験あり。外資系証券会社勤務で会社のM&Aなどを主要業務とする。月に最低5泊は都内のホテルに宿泊。
荷室仁
通称、ニムロッド。39歳。中本哲史の同僚。小説を書いており、過去3回新人賞の最終選考まで残るも受賞せず。鬱病を発症した後は中本哲史と同じ会社の名古屋事務所で勤務。
小説の始まりはシステムサポートを行う中本哲史が社長から余剰のサーバーマシンを活用してビットコインをマイニングするよう命じられるところからスタートします。もともと採掘(マイニング)することについてはシステムサポートと同じような性格を持っているため会社判断として採掘を開始し、新しい課に中本哲史を配属します。
ビットコインを採掘するという行為は物語の根底に流れる虚無的な思想に通じるところがあり興味深かったです。もともと無であったところからビットコインを開発したナカモトサトシがこれは価値があると主張をして、ビットコインが生まれ、世界中の人々が台帳を記帳するという形で価値を担保する点が現代社会の虚無感、個人や会社などがシステムを構築して少しずつ良くしていっているようで、社会全体に重くのしかかる絶望感みたいなものを象徴しているように感じました。台帳を紡ぎ続けるという行為と、文章を紡ぎ続けるという行為が妙にマッチングしていてビットコインを題材にした筆者の上手さを感じました。
田久保紀子の日常生活においても「株式、つまりは会社の価値を売り買いする利ザヤで稼いだお金で、自分のいる場所と時間を買う。僕は買われたわけではないけれど、おそらくは彼女が買ったものの付属物みたいなものだ。」と本文中に記載されるように、完璧なキャリアの中で現状自分の立場として目の前の仕事を精一杯頑張っているにも拘らず、田久保紀子としては「もし今思っていることが全部かなうのだとしたら、こんなに悲しいことはないのかなと思う。いや悲しくはないのかな。むしろ嬉しいのかな。これ以上もう年を取りたくないし、働きたくもない。死んでしまいたくはないし、生きていきたくもない。たまに消えてしまいたくなるけど、同じくらいたまに刺激が欲しい。そんななんやかやがいつか叶うとして、」(下線部分は本文引用)と、虚無感ややるせなさが漂います。
物語の構成としては「現実に中本哲史の日常を描くストーリー」と中本哲史宛に届く「ニムロッドからのメール」が交互に出現する形で進行します。特にニムロッドからのメールではNaverまとめの駄目な飛行機コレクション(下記リンク)やニムロッドが執筆する小説などが送られてきて、これが現実世界を描く物語にメタファーを与えます。
現実世界ではコンピューターに電源を送り続け、帳簿を書き続けることでビットコインの存在意義が証明されるように、ニムロッド(荷室仁)も小説を書くことで存在意義が証明されます。「あらゆるマシンのリソースを全て注ぎ込んで、それを稼働されせているだけで、人類の価値が担保され得る、そのプログラムをどれだけ効率的に稼働させるのか、人間はおおむねそれだけを考えればよい。(中略)人間は人間にできることだけに集中すればいい。例えば塔を造ることとか。」としてニムロッドは小説を書くことに自らの存在意義を見いだします。ニムロッドの描く小説の世界では寿命の廃止技術を自らに施すことで人間は死ななくなり、自らを「最後の人間」と呼ぶなどSFっぽい描写がはじまります。
「最後の人間」が増えるほど執着心が薄まっていく社会の中では、誰より強く何かを求め、執着できるかどうかが肝要になってくる、として理由のある感情はたちどころに解析されてその他の情報と並列してしまうため、感情の理由がだれもに共感されないほど良いとされる世界線。駄目な飛行機=人類の試行錯誤の歴史は、もはや社会全体が効率化され尽くした社会では生まれることのない尊い遺物として(ニムロッドから送られてくる小説の中で)取り上げられます。
今回、芥川賞受賞作の『ニムロッド』を読んでいて一番驚いたのは、小説の中に横文字(WikiPediaやGoogleという文字列)やURLの記載、Naverまとめの引用や、「?」(クエスチョンマーク)が何度も使われていた点でしょうか。継続して芥川賞を読んでいますが、ここまでウェブが引用された事例やクエスチョンマークが使われた事例は過去にないのではないでしょうか(データを取ったわけではないのでわかりませんが)。そういう意味では若干の失望感がありつつ、文筆家が「?」マークに頼っていいんだという驚きがありました。今回の『ニムロッド』はわたしにとっては少し衝撃的で、仮想通貨というテーマを扱うという点で実験的で、前衛的であったという印象です。
駄目な飛行機コレクションNo.9の航空特攻兵器「桜花」は特に象徴的な意味を持ちました。ニムロッド(荷室仁)から送られてくるメールで駄目な飛行機が一つずつその駄目な理由とともに紹介されるのですが、「桜花」の駄目な点ははっきりしていて、飛び立ったが最後、帰ってくることができない飛行機である点です。この飛行機は果たして人類の発展に寄与しているのだろうか、と疑問が投げかけられます。「多分、今やっているプロジェクトも成功して、結構なボーナスが入ると思うんだけど、正直言ってなんのために稼いでいるのか、全然わかんない。なんだか自分の人生じゃないみたい」と田久保紀子は言います。「東方洋上に去る」と書き残して散っていった桜花のパイロット。東方洋上に去るという言葉について、「なんだか響きがいい」と田久保紀子は続けます。何かを仄めかすように。
芥川賞選考委員の一人である島田雅彦は今回の芥川賞選評において以下のように語っています。
『ニムロッド』は文学の王道ともいえる神話の換骨奪胎を複合的にやってみたもので、バベルの塔を造った聖書の登場人物と同じ名前の「駄目な飛行機」があったことがおそらくは創作の出発点になっている。
小説家志望の男、ビットコインを「発掘」する男、飛行機開発の夢と挫折のエピソードが、バベルの塔の建設やイカロスの失墜といった神話的元型の現代的変奏となっている。間もなく終焉を迎える人類文明への哀歌を雑談風の軽妙な語り口で歌って見せているところも魅力。
(文藝春秋2019年3月号より引用)
他の選考委員の選評においても、高樹のぶ子は絶望の物語と評し、小川洋子は『ニムロッド』の世界を覆う虚無には逃げ道がないと評し、吉田修一はないものをみんなであると信じて価値を作っていくというシステムには哀切感さえあると評し、奥泉光は旧約聖書神話を根幹に据えつつ、人類の営為のむなしさとそれへの愛惜を、仮想通貨や小説内SF小説などを織り込みつつ描いた一遍に高い完成度があると評し、宮本輝は「駄目な飛行機」といった玩具がおもちゃ箱からこぼれ出てくるが、(中略)その玩具たちが必要不可欠なつながりを持って有機的に作用していると評している(敬称略。下線部分は文藝春秋より抜粋)ように、選考委員に哀切や絶望を抱かせる小説内において、今回重要なモチーフとなる桜花をはじめとした駄目な飛行機と、筆者が描きたかったという現代社会への愛惜。
筆者である上田氏は「効率化や技術の進歩に基づいて考えを突き詰めていくと、なんとなく人生全体が見渡せてしまう」と受賞者インタビューで語っており、「じゃあ僕たちの生って何だろう」と投げかける。この点は確かに多くの現代人が共感する部分であったように感じました。
ビットコインを採掘する中本哲史、外資系証券会社で会社買収などのマネーゲームを営む田久保紀子、都会的な男女関係に投げかけられる荷室仁(ニムロッド)からのメールやSF小説。三者の人生やニムロッドが描いたSF小説内で語られる駄目な飛行機や巨大な塔(バベルの塔)などが複雑に絡み合い、読むものに救いようもない絶望感を与え、電源を落とすとフッと消えてしまいそうな希薄な人間関係を描く小説『ニムロッド』。
物語の最後で“駄目な飛行機”に乗って、太陽を目指すという描写がありますが、大きな絶望感の中でも絶望や諦念を燃料に、まるで人類の希望と見まがうばかりに、強く美しく飛行する(高樹のぶ子選評)という希望の物語にしたかったんだと解釈でようやく救われた気分になりました。
(読書感想文 完)
画像はブリティッシュ・エアロスペースの早期警戒機「ニムロッドAEW3」▼
上田氏受賞時インタビュー▼
あとがき
思考が飛び飛びで途中で何を書いているのかわけがわからなくなりました(´-∀-`;)
書く必要あったのかな、と思いましたが書くことで誰かに何かしらの影響を与えて、それが後々どこかで大きな影響を与えている、(本文でも取り上げられるバタフライ効果)かもしれないと思い投稿まで至りました。読んだという事を何かしら(ブロックチェーンメディアであるALISで)記録に残しておくことに意味があったんだ。たぶん。
全体的に村上春樹に影響されてそうな作家さんでなんとなく感傷的な記述方法が多くなってしまいました…。芥川賞は新人賞として、その歴史のなかで村上春樹が候補に挙がりつつも受賞させなかったというのが(失敗として)あり、選考委員も今回の村上春樹に似た小説を評価するにあたり悩んだんじゃないかなとも思いました。今回上田氏の「ニムロッド」と町屋良平氏の「1R1分34秒」が芥川賞同時受賞ということで、綿矢・金谷の同時受賞や、又吉・羽田の同時受賞回をなんとなく思い浮かべました。話題作を取り上げたいけど単体での受賞させるほどの力強さはないぞみたいな…。
一応タイトルの「読んでみた結果」というフラグを回収すると👇コレですw