安国寺は、足利尊氏、直義が幕府を開いた後、国が安らかに治まるよう各地に建立した寺院である。飛騨の安国寺は経蔵が室町時代のものとして国宝に指定されている。
内部の拝観をお願いしようとお寺の玄関に行って呼び鈴を押すと、若い奥さんが出てきた。
「今の時間、説明できるものはいないんです。中は見られませんけど、拝観料はいらないので柵を越えて外観を自由に見て下さい、本堂の中もどうぞお詣りして下さい。」
本堂に入ると、壁に手書きの全国に建立された安国寺の分布図が掛けられていた。
この安国寺には、十数年前にも家族旅行で訪れたことがある。案内を請うとおばあさんが出てきた。本堂で淡々と説明し、この分布図を指して
「これは孫が自由研究で作ったものだ。今は孫は勉強しなならんゆうて、わざわざ東京まで行っとる。東京まで行かんならんもんかの~。」
お孫さんは大学にでも行ったのか、東京は遠いだの、名古屋の方にもあるのにだの、孫がいない寂しさを漏らしていた。自慢のお孫さんなんだろう。
当時はこの分布図以外にも確か二枚大きな紙が張ってあって、安国寺について詳しく書かれていた。すごく立派な作品だと感心した。
経蔵は二階建てのように見えるが、下の段の屋根は飾りである。
おばあさんは鍵を開け、中に招き入れてくれた。この高い建物の中に、天井に届くほどの巨大な輪蔵があった。輪蔵には経典がたくさん納められている。日本最古の、とても貴重な輪蔵に圧倒された。
おばあさんは淡々と説明している。保育園に通う息子は、かくれんぼでもできそうな雰囲気にワクワクしてはしゃいでいた。
奥に回ると輪蔵に太い横棒が差し込んであった。なるほどこれを押して回すんだな。すると、おばあさんはこれはこうやって回すんだと、ギーギー押し始めた。びっくり仰天、日本最古のたいへん貴重な輪蔵を回していいの? 息子は大喜び、ぼくもぼくもと言っておばあさんの後ろの棒を背伸びして一生懸命押した。
ギーギーガラガラ、おばあさんの背中を見ながら一回りして経典をすべて読んだと同じ功徳を得た。
おばあさんにお礼を言うと「ぼくちゃん、本堂でおとなしくお話聞いてたから特別や。」と笑っていた。帰りもおばあさんは息子に手を振って見送ってくれた。
その息子は、いまは大学生になって大阪に行っている。
自由研究の分布図を作ったお孫さんはきっと住職になって、そしてあの奥さんはお嫁さんなんだろう。おばあさんは元気なのかしら。
経蔵は当時となんら変わらなかったが、分布図はすっかり色あせていた。
(2018.9訪問)