会津若松城へ行った後、大内宿に行った。7月のこと。
もともと、団体旅行客の多い場所のようで、観光バス用の駐車場が大きかったが、その時期は、コロナの影響で観光バスも見かけなかった。
外国人の友人に見せてあげたい!と思う、見事な、美しい日本!といった風景。
のどか・・・
(屋根になんか書いてあるな)
大内宿は、wikiによると、江戸時代の寛永20年、西暦1643年ごろに、会津西街道の宿場として開かれたそうで、日光街道の方へも至る途中に位置。江戸までは61里で5泊6日。若松からは5里で、参勤交代など、重要な役目のある場所だったわけだが、1680年、江戸幕府の嫌がらせのために、廃れた。
大名の管轄で栄えてたから、ここ通って参勤交代するな!って。
・・・と、自分は理解したのですが。
その後も他の街道との競合に負けたり、あんまり栄えることはできないままだったが、戊辰戦争にも巻き込まれず、細々と残っていた模様。しかし、鉄道ができた影響で、ここは宿場としては用無しになった。
全長450メートル。道幅広い~。
1981年に、国選定重要伝統的建造物郡保存地区に指定されたそうで、綺麗に保たれている。
この大きな家の茅葺屋根は、ススキを使っているらしい。
めちゃくちゃ燃えやすいって。
道の方に向いて、お土産屋さんがいっぱいで、どこから見ようか!と思う。
そこで売っていると、それっぽく見えるのだが、ここの手作りかなって思った漬物を買ったら、後で他のお土産屋でも売っていた。
蕎麦屋もいっぱある。
天気が怪しいけれど、蕎麦をまず食べたい!
お昼より少し後だったので空いていて、気持ちよかった。コロナのせいで空いているのもあるだろうけれど。
さて、ここでおどろいたのは、天井を見たら(写真撮り忘れ)、なんと、茅葺の屋根から想像するものとは違い、現代家屋の天井だった。
つまり、前の方とか外側の前の方だけ、それっぽくしているということ。
化粧室も、ごく普通の家の造りだった。
かやぶき民家のままでは暮らしにくいもんねぇ・・・
普通のあったかいそばを頼んで、名物の食べ方、ネギを箸にして食べるっていうのが人気みたいだったが、自分はおすすめメニューに惹かれる性質で・・・
ネギは、個体差があるようで、周り観察していても、辛くないのにあたった人は完食、辛いのに当たったら、残している。自分のはすごく辛くて、途中でやめた。
ネギ好きなのに。
お蕎麦自体は観ての通り、美味しかった。
梅おろしそばっていうのを食べたわけね。名物ねぎ蕎麦、でなく、梅おろしに、ネギを追加。
しかし、このメニューを見てすごく気になったのは、
である。
温かい「そばがき」に冷たいあんことアイスをのせました。
当然、注文。
アイスの下にそばがきが、もちっと入っていて、混ぜながら食べたのだが、これが!!
絶品!!
雪見だいふくを手作りして、ちゃんとした小豆の粒感のあるあんこをプラスした!って感じ。そして、蕎麦がきのそば風味と、ざらっとしながらも、もちとろ!で、何とも言えない舌触り。
びっくりしました!
これはーーこの組み合わせは他にあるのかもしれないが、ここのは、それぞれの材料もいい感じのクオリティでそろってて、材料同士のバランスがばっちり!
なんだか、感心しながら食べた。
食後には、ぶらっと周囲を歩いた。前の日の大雨で、結構ぬかるんでいた。
この位置から見ると、建物の、前だけが、昔風で、後ろは現代家屋ってなっている建物の様子もよくわかる。
写真には、現代っぽいところがあんまり映らないように撮るわけだが。
定番写真撮影スポットっぽかった。
KTAGさんも、大内宿のこと、書かれてます。↓
会津若松関係の記事はこれで終了。
読んでくださりありがとうございました!