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『サンタクロースの断片』_短編小説

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  • 横紙やぶり
  • 2018/12/07 01:07
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※ 5~10分で読めるショート・ストーリーです。


 クリスマス。男は無職だった。
 前職を辞めた頃は毎日ハローワークに通っていた。家にいるときは求人サイトを見ていた。友人や知人の細いツテも頼った。数社は面接までなんとかこぎ着けた。だが、どこからも採用されなかった。
 そのうち誰かが拾ってくれるだろう、男はそう思っていた。交際している女にもそう言っていた。女は男がそう言うたびに、そうねと言った。
 仕事が見つからないまま、今月を最後に失業手当は打ち切られた。幸いしばらく暮らしていける貯金を男は貯えていた。求人は見なくなり、外出さえしなくなった。
 それでも、男は何かを期待していた。三度の食事と排泄と女との性交以外は、寝台に横たわって呼吸だけを繰り返していたが、ポストを見るために一日に一回は寝台から起き上がった。言うまでもなく、ポストの中は空だった。男に届くものといえば、家賃や電気やガスなどの請求書だけになった。


「職探しはうまくいってるの」女は性交の後、化粧を直しながらたまにそう聞いた。
「まぁまぁだよ」と男はいつも答えていた。
「何もしなくても、何もなくても、金はかかるんだな」あるとき男は言った。
「クリスマスどうする」女は煙草に火をつけ煙を吐いた。
「どうしようか」と答えた男は天井を見ていた。家賃や光熱費の支払いを済ませるため貯金を下ろすたびに、自分が少しずつ削られていく気がするんだ、そう感じていることは話さなかった。


 12月24日。男は久しぶりに外出した。
 女は、男が仕事を辞める前から、レストランで食事をして、その後どこかで飲みたいわとねだっていた。
「一緒にお祝いしましょうよ」と女は言った。女はキリスト教徒ではなかった。それに、男は失業していた。何を祝うんだ、クリスマスに何があるんだと男は思った。
「お金があまりないんだ、ごめんな」と男は言った。
 女はしばらく黙っていた。そのあいだ毛先を見たり丸めたりしていた。ようやく経ってから「分かったわ、それなら家でお祝いしましょうよ」と言った。


 男は近所のケンタッキーでチキンを、スーパーでビールと安物のワインを、近所の洋菓子屋でケーキを買ってすぐに帰った。荷物はただ重かった。
 マンションに着くと、男はポストを開けた。ガスと電気の請求書、それと茶色の封筒が入っていた。男の心は期待に膨らんだ。
 手紙は男に宛てたものではなかった。住所を見ると、同じマンションでも階が違っていた。郵便局が間違えたのだろう。男は届けてやろうかと思ったが面倒だった。こんなに荷物があるのにどうして他のヤツのために動いてやらなければならないんだ、男はそう思いながらポケットから鍵をだした。
 部屋に入ると、男は請求書をそこらへんに放り投げ、ビールとケーキを冷蔵庫に入れ、チキンをテーブルに置いた。
 男はソファに横になり、先ほどの封筒を開けて中身を取り出した。手紙はどうやら母親から息子に宛てたものらしかった。クリスマスに会いに行ってあげられなくてごめんなさいとか、あなたを捨てたわけじゃないとか、お母さんを許してとか、本当は会いたくてたまらないとか、心の底から愛してるとか、そういうことが連綿と書かれており、末尾には、いい子にしていればサンタさんがきっとプレゼントをくれるからと結ばれていた。
 男は手紙を何度も読んだ。気が済むまで読むと、コーヒーを淹れた。コーヒーを飲みながら煙草を吸った。そのあいだも拾い読みをした。煙草を吸い終え火を消すと、手紙を封筒に戻し、びりびりと破いて棄てた。


 インターフォンが鳴った。男は女が来たのだと思ってドアを開けた。女ではなく、幼稚園ぐらいの男の子が立っていた。
「サンタさんにお願いしたの」男の子は、男の顔を見るとそう言った。
 男には、男の子が何を言っているのか分からなかった。男の子は、この季節にも関わらずトレーナーしか着ていない。サイズは体型には小さく、胸のところに文字がプリントされているのだろうが掠れて読めなかった。手にはロボットのおもちゃが握りしめられている。男は、知らない子だと思った。ここはサンタの家じゃないよ、と言おうと思ったが、そんな冗談が通じるはずがないので言わなかった。
「ここは坊やの家じゃないよ。寒いから早く帰りな」
「サンタさんにお願いしたの、ママに会いたいって。でもね、ママは遠いところに住んでるから、サンタさんでも叶えてあげるのは難しいってパパが言ってたから、代わりにお手紙だけでも来ますようにってお願いしたの」
 男は、男の子が言っていることがようやく分かった。おそらく、あの手紙はこの子に宛てられたもので、男の子は手紙が間違って届いてないか聞きに来たのだろう。
「坊や、格好いいおもちゃ持ってるな」
 男の子は急に黙った。うつむいて、ロボットを見つめている。
「どうした」
「これね……僕のじゃないの。山本くんのものなの……」
「欲しくなって盗んだのか? 」
「ちがうよ。山本くんね、いつも僕にいじわるするの。僕は何もしてないのに。だからね、ちょっとだけ仕返しがしたかっただけなの。これね、山本くんがすごく大事にしてるの。なくなったら困るでしょ?それを見たら、ちゃんと返すもん」
「返さなくていいよ」
「え? 」
「坊やは、その山本ってやつが嫌いなんだろ。なら、壊しちゃえよ」
「ダメだよ……そんなことしたら山本くん悲しむよ……」
「坊やは、その山本ってやつに苛められて、いつも嫌な思いしてるんだろ? 同じ思いさせてやれよ」
 男の子はロボットを見つめている。ロボットの胴体や頭を指でなぞっている。
「早く」
 男の子は、ロボットから指を一本ずつ離した。ロボットはマンションの床に落ちた。落ちたとき、少しだけ弾んで何かの破片が飛んだ。
 男の子は動かない。飛んだ破片を見ている。
「踏んで壊すんだよ」
 男の子はためらいながら足を少しだけ上げて、ロボットのうえに置いた。ロボットは靴の下で傾いた。ギリっと音がした。
「もっと力をいれて。何回も踏むんだ」
 男の子は、最初はゆっくりと踏んでいたが、次第に速くなり力が強くなっていった。ロボットは右に左に傾いた。最初に腕が、次に脚がもぎれた。頭は発射されたように跳ねあがり、手すりを超え、駐車上に落ちた。カランカランと幽かな音が聞えた。残った胴体も、やがてバラバラになった。
「もういいよ」
 男がそう言ってからも、男の子は踏み続けた。男の声が聞えないのかもしれない。
「もう、いいって」
 男の子はようやく踏むのを止めた。
「気が済んだか?」
 男の子は何も言わない。息を切らしてロボットの破片を見つめている。
「これ、俺が片付けておくから、坊やはもう帰りな。家のひとが心配するぞ」
 男の子はしばらくロボットの破片を見つめていた。呼吸がおさまると、ばいばいと言って男に背を向けた。
「ひとつ教えてあげるよ」と男は言った。男の子は立ち止まった。
「俺が坊やぐらいの年にな、サンタクロースのことを知ったんだ。いい子にしてればプレゼントをクリスマスに貰えるって。だから、俺はいい子にしてクリスマスを楽しみにしてたんだ。親の言うことを聞いたし、悪戯もしなかった。勉強もちゃんとやった。クリスマスの日になって、俺は自分のことを振り返ってみた。いい子にしてたって自信があったよ。これでプレゼントが貰えるぞって思った。何が欲しかったかは忘れたけどな。夜、枕元にいちばん綺麗な靴下を置いて眠ろうとした時に、お袋が来たんだ。お袋は靴下を見て、『あんた、それ何』って聞くから、俺は『サンタさんは靴下にプレゼントを入れてくれるんでしょ。ぼく、いい子にしてたよね』って言ったんだ。そしたらお袋、『サンタなんかいるわけないじゃない。そんなこと信じてたから最近ちょっと変だったのね。バカな子』って言ってゲラゲラ笑いながら部屋から出て行った。俺は嘘だって思ったけど、次の日、目が覚めて靴下を見たら、お袋の煙草の空き箱がはいっていた。俺はプレゼントがはいってないか、何度も靴下に手を入れたし、サンタさんが場所を間違えたんだと思って部屋を隈なく何度も探したけど、何もなかった。坊や、俺が言ってること分かるか? 」
 男の子は男の顔を見つめていたが、小さい声でバイバイと言って帰って行った。
「じゃあな」男も言った。


 男がロボットの破片を片付けていると女が来た。
「何してんの」と女が聞いた。
「サンタクロースの死骸を片付けてるんだよ」と男は答えた。
「何それ」と女は言って、意味も分からず笑った。


 夜。二人は女が借りてきたハリウッドの恋愛映画を見た。男は黙々とビールを飲みながらチキンを食べた。女の目は何度か潤んだ。ラストシーンでは号泣した。男は欠伸を噛み殺していた。
「面白かったね」映画を見終わると女は言った。
「そうだな。いい話だったよ」と男は答えた。
 ビールがなくなったので、冷えたフライドポテトをツマミにして二人はワインを飲み始めた。女は映画の感想を話していたが、すぐにいつもの話題に変わった。会社に対する不満と同僚の悪口に。
 女がひとしきり話してから、男は女をベッドに誘った。
「プレゼントは? 」と女は言った。
「金がないの知ってるだろ。そっちこそ、何もくれないじゃないか」
「あたしは、あなたがくれないと思ったから用意しなかったの。そうだ、クリスマスなんだし、あなたがサンタになってプレゼント持ってきてよ」
 男はゴミ箱を見た。ゴミ箱は、ケンタッキーのケースやチキンの食べ滓やティッシュやビールの空き缶で溢れそうになっていた。
「なれるわけないだろ」男はそう言うと、女の手をひっぱり服を脱がせた。


 それから、女はとにかく悶え、喘ぎ続けた。だが、女の、キモチいいとか、すごく感じるとか、もっととか、そういう台詞は男の耳には届いていなかった。男は物思いに沈みながら、時折、乳房を揉んだり、舌を絡ませたり、好きだよとか言っていた。女の喘ぎ声や悶える姿よりも、言葉にならない思念にとらわれていた。
「調子わるいの」と女が聞いた。
 男は顔をあげた。「ビール飲み過ぎたかな」
「じゃあ、またレイプのシチュエーションでする? あなた、あれ好きじゃない。タオル持ってきてよ」
「今日は違うのがいいな。そうだな……近親相姦なんてどう? 」
「なにそれ、面白そう。じゃあ、あたしがママになるのね」
「そう。じゃあ、やってみようか」
 男は女の胸にすがりついた。
「だめ……ママにこんなことしちゃ……」
「ママ……ママ……」
「やめて……おねがいだから……」
「ママ……ぼく、ママのこと大好きなんだ……」
「ママのこと好きでも……あっ…こんなことしちゃダメよ……」
「ママ……ぼく、悪い子じゃないよね……」
「……こんなことするなんて、悪い子……」
「ママのこと大好きなんだ……悪い子だなんて言わないで……おねがい……おねがい……ママ……」
 セックスが終わると、女は面白かったぁと言った。「すごく興奮しちゃった。ねぇ、これもバリエーションに加えようよ」
 「そうだな」と男は言った。


 それからすぐ、二人は眠った。真夜中、男だけが目を覚ました。
 男はベッドから出た。リビングに行きテレビをつけた。女が起きないように音量を小さくした。ワインがまだ残っていたのでテレビを見ながら飲んだ。二、三分見ては違う番組に変えた。それを何度も繰り返した。面白い番組はやっていなかった。ワインもなくなった。男はテレビを消した。
 男はベッドに戻った。目を閉じたが眠れそうになかった。男は、枕を背にして、煙草に火をつけた。煙を吸うとき、明かりが膨らみ、眠っている女の顔が見えた。煙草を吸っているあいだ、男はその顔を見ていた。マンションのどこかの部屋で騒いでいる声が聞えた。女に何かを言おうと思ったがやめた。男は煙草の火を消すと、ベッドを出た。
 まず、リビングに戻り部屋を片付けた。それからキッチンに行ってゴミ袋を取り出し、放置していた求人情報誌、書きかけの職務経歴書や履歴書、その他のあらゆる不要になったものを全て捨てた。ゴミ袋はすぐに満杯になった。男はもう一枚持ってきて、ゴミ箱のまえに座った。
 男は、何かを呟いた。だが、声になっていなかった。男はゴミ箱から、ケンタッキーのケースやチキンの食べ滓やティッシュやビールの空き缶を、一つ一つ、移すようにしてゴミ袋に捨てた。ゴミをゴミ袋に移すとき、紙片がくっついてないか確認した。封筒や手紙の紙片を見つけると、丁寧に床に並べた。油やビールが染みているものがあったが、そのつどティッシュで綺麗に拭いた。
 紙片があるていど集まると、床からテーブルに移した。手紙は思っていたよりも小さく破られていた。男はそれでも、一つ一つの紙片のつなぎを確認しながら、文面を思い出しながら、何度も間違えながら手紙を組み立て始めた。
 欠けている箇所があると、ゴミ箱を探した。吹き飛んだものがないかと床を見渡した。見落としたものがないかと何度もゴミ袋を確認した。完全に一致した箇所が出来ると、ティッシュでシミや油を吹いてテープでとめた。
 明け方。ゴミ箱は空になった。手紙は、ところどころ染みがあり、ヒビだらけだったが復元された。
 男は窓を開けてベランダにでた。空は曇っていた。外気は冷たかった。それでも、東の空の雲の割れ間に、太陽があるのが分かった。男は柵に凭れ、手に息を吹きかけた。そして、何かを呟いた。紙片を集めているあいだも、手紙を再生させているあいだも、同じ言葉を呟いていたことにようやく気がついた。「サンタクロースはいないんだ……サンタクロースはいないんだ……」と言い続けていたことを。

公開日:2018/12/07
獲得ALIS:57.10
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