学部生の頃、伊藤正義氏の「中世日本紀の輪郭―太平記における卜部兼員説をめぐって―」(『文学』40・10、昭和47年10月)に触れ、その稲光りの彼方に、軍記と説話とが融然一体となった、と言うより従来のジャンル枠を越えてしまっている、あるべき中世文学研究の姿を垣間見、戦慄に近い驚きが体を走ったのは、果して私一人の体験であっただろうか。そこに提示されていたのは、文学史的底流としての秘伝、注釈の類であると同時に、全く思いも懸けぬ深さを伴う太平記の読みであり、軍記、説話の成立基盤を鮮やかに照射して、これまでの方法に鋭い反省を迫りつつ、以後の研究との間に画された明らかな一線、未知の地平と言うべきものであった。当論文に接してから、中世の諸作品の一文、一語の背景に、未解明の問題が、山積していることを知るようになる。そして、私の研究の方向は、不遜ではあるが、その時点で既にもう決まってしまっていたと思う。 当論文の衝撃は、未だ若い私にとって、それ程強烈だったのである。
(出典: 黒田彰 (1987年) 「あとがき」, 『中世説話の文学史的環境 (研究叢書 ; 52)』, 和泉書院, 457ページ.)
(本を読んでいて、上記の一文に出会い、そこになにか感じるものがあったので、シェアさせていただきました。)
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中世説話の文学史的環境(研究叢書 ; 52)|書誌詳細|国立国会図書館オンライン
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