電子書籍『ゲームやアニメ、漫画でこれからの生き方を学ぶ』の『第八章、まとめの前に補足したかったお金の話』を無料公開します。
この話は『第六章、アニメ版で勉強した具体例「巨人の星」』の補足であり、題材は同じくアニメ版の「巨人の星」ですが、内容はマーケティングの方に偏ったもの(如何にして、左門豊作を売るか?)となります。
そのため、カテゴリを「ビジネス」の方にするかどうか、かなり迷いました。
が、この電子書籍では、ゲームやアニメ等の娯楽作品でも学べることはたくさんある、ということが最も書きたかったことなので、カテゴリは「マンガ・アニメ」とさせて頂こうと思います。
これまでの話をまとめようとして書き足りていなかったことに気付きましたので、ここで補足しておきたいと思います。
それは『第六章、アニメ版で勉強した具体例「巨人の星」』で、お金にまつわる悲しい現実の話です。
何が悲しい現実なのでしょうか?
まずこの時の話を要約しますと「主人公である星飛雄馬のライバル左門豊作と花形満は、共に球団の提示した年俸を少なすぎると言って断ったが、その理由は異なるものだった」というものでした。
左門は「両親の代わりに幼い弟と妹を養う費用のため」という理由で、お金を「交換機能(決済機能)」として必要としていたのです。
それに対して花形の理由は「野球選手としての評価が低過ぎる」という、お金の「価値尺度機能」についてのものでした。
花形は左門と違って大金持ちのぼんぼんなので、お金そのものには一切困っていません。
しかもその上イケメンとくれば、どうなるでしょうか?
最終的にはその球団がお金持ちかどうかという話にはなりますが、仮に左門と花形が所属するそれぞれの球団が同じぐらいのお金を持っていて、そして成績も両者共にほぼ同じだとしましょう。
すると、花形の年俸が左門より高くなることが予想されますよね。
何故なら金持ちイケメンの花形は「野球には興味ないけど花形は見たい」女性ファンという、新たな客を獲得し、グッズの売り上げ等にも貢献することができるからです。
片や左門は、家が貧乏で気の毒なだけでなく、見た目も気の毒です(家が貧乏という点では主役の星と同じですが、星はイケメンです。ま、主役だからね)。
だからせめて年俸ぐらいは花形よりも多く貰って欲しいと思うのですが、現実は悲しいものですよね。
お金持ちや見た目が良いことは皆が憧れるものですから、そこを目がけてお金が集まってくるものなのです(で、お金もないし見た目も良くないとなれば、実力があってもお客さんには過小評価されてしまうと)。
では、ここでもう少し深く考えてみましょう。
野球選手というお仕事とはどういうものなのか?
本来は、他のスポーツ選手同様に「できるだけ活躍して良い成績を残す」のがお仕事です。
特に野手の場合は「ここぞという時にヒットやホームランを打って、チームを勝利に導くために貢献する」ということになるでしょう。
もちろん打撃だけでなく、守備や走塁でも活躍できるのに越したことはありませんが。
つまり野球選手が球団から年俸をもらうのは「その選手がそれに見合った活躍をする」という条件を満たした場合になりますので、これは野球の試合に出て活躍することでお金を「交換機能(決済機能)」で得られる、ということになります。
となりますと、野球選手としての戦績がほぼ同じで球団も同程度のお金を持っているとなれば、年俸も同じはずなのですが。
先に書いたように、花形の年俸は左門より高くなるでしょう。
何故なら、左門とは違い花形が金持ちでイケメンだからです。
金持ちでイケメンだから、より球団に収入面での貢献ができるからという話でした。
金持ちでイケメンであることは、野球選手の能力には一切関係がありませんけども。
しかし実際にそれを目的としてお金を出すお客さんがいて、その分球団は収入が増えるわけですから、そこにお金を払うだけの価値が別に生まれているわけですよね。
この新たに生まれて追加された価値を含めた金額を考慮し、年俸が算出されると「そういう別の価値を追加で加算することのできる分、花形の年俸が高くなる」というわけです。
それらの価値を推し量るのがお金の「価値尺度機能」です。
花形の方が「野球選手としての実力だけでなく女性客を呼べる人気という加算があるから、年俸が高くなる=野球選手としてより成功している」という価値があるのだと。
そのように、花形は「市場で評価されている」という話になります。
左門は気の毒だと思いませんか?
貧乏な上に幼い弟や妹のためにお金が必要で、しかも見た目まで気の毒で、なのに貰えるお金はお金に全然困っていない花形より少ないなんて……しかし、しかしです。
左門の年俸をもっと上げる方法が、全然ないというわけではありません。
左門の持っているものを利用することで、年俸を上げることができます。
そもそも私が「左門が気の毒、何とかしてあげて欲しい」と思ったのは何故なのかと言いますと、彼が「貧乏にも負けずに幼い弟と妹を養っている」ことを知っているからです。
つまり球団に「左門豊作物語」とか「(巨人の星ならぬ)大洋の左門」みたいな話を作らせて、それで売り込んでもらうという手があります。
そうやって「いろいろ気の毒な左門を応援してあげたい」というファンをいっぱい作り、金持ちイケメン花形に対抗し、「金持ちイケメンの花形ムカつく」というアンチ花形ファンの受け皿として大々的に売り出すのです。
(ただしこの方法には問題もあって、例えば左門の弟や妹が学校で花形ファンにいじめられないかとか、そういうことを心配しなければならないのですが)
さて、ここまでは「左門は気の毒で花形は恵まれ過ぎて腹立つ」という書き方でしたが。
良く話を聞いてみると、やはり一概には言えないなという場合もあります。
例えば彼ら二人の実体が次のようなものだったら、どうでしょうか?
左門は「星君に勝つために、練習せんといかんばい!(すんません、方言は適当なものです)」と言って、ファン感謝祭のようなイベントを含めたファンサービスを一切していませんでした(もちろん「左門豊作物語」のような企画など、自分もですが球団にも利益を得てもらおうという提案等も一切ありません)が、練習は非常に熱心にしていました。
片や花形は意外と気さくなタイプで、どんなに疲れていてもファンの前では決して表情に出すことはなく、握手やサイン、写真撮影を求められてもいつも笑顔で対応していました。
この二選手に対して、仮にお客さん(それもかつて花形に良い対応をしてもらったことのある人だと、さらに顕著でしょう)の立場から見ると、次のような評価をするのではないでしょうか。
「ここまでのことをしてくれるとは、花形の年俸が高いのも当然だ」
(もし「左門豊作物語」が世に出ていれば、ファンサービスをしなくとも「左門だってあんなに貧乏だったのに、あんなに努力してプロ野球選手になったんだ。よし、俺もがんばろう!」と思って、熱心に支持してくれるファンもいるかもしれませんが)
ただ、この場合の左門は「星に勝ちたい」という動機ではあるものの練習熱心であることは確かですので、野球をすることと交換に得られたお金(=お金の「交換機能(決済機能)」で得られたお金)の分は価値を落とさないよう真摯に対応している、と評価することはできると思います。
その点では、左門は本当に素晴らしい選手と言えるでしょう。
ただし、彼は「お客さんの立場で考える」ということはしていませんよね。
そこで私は、この場合の左門に日本の企業を見ました。
野球選手として真摯に練習するがファンサービスはしない左門と、より良い商品をより安くするため努力は惜しまないが客の立場を考えない日本企業と。
ああ、結局は高野氏の「日本の会社がアフリカで家電を売るのに失敗した話」に戻りましたね。