電車内にて香水なんでしょうけどねり消しの匂いにしか思えなくて朝から何だかノスタルジックな気分になった1000akiです。
先日クライアントへ納品をしたバレンタイン記事が思いのほか高評価だったので調子に乗ってバレンタインをネタを書いてみます。
前々回ALISでは記事作成での本音を書かせて頂きましたが今回も体裁整えることなく書いていきます。
諸説があるらしいのですが、そのうちの一説をもの凄く端折って言うと
「"皇帝が兵士に結婚するな!"と命令していたけど司祭が"いやいや結婚していいよ"としていたら殺されてしまった」
というのが事の始まりらしく、殉教した司祭がバレンタインさんで亡くなられた日が西暦で270年2月14日とのこと。バレンタインさんは敬われてローマカトリック教会ではこの日は祭日とされているようです。
元々は前述した通り、敬われる祭日という宗教行事だったようですが、結婚推奨の為に殉教した日ということで(おそらく)、この日にプロポーズをする人が増えたということで14世紀には"愛の日"と呼ばれるようにもなったようです。
この話自体、ロマンチックでプロポーズされた人はさぞ感動したことでしょう。ただ悲しいかな、残念なことにお金の匂いがプンプンしますね。
日本では1958年頃に流行ったとのことで、戦後まもなく…といったところでしょうか。
ここは皆さんがご存知の通り「バレンタインなんて製菓会社の販促だ!」ということで、流通や製菓業界が販売促進の為に普及を試み1970年頃に定着した…と。
バレンタインチョコの仕掛け人に関しては神戸のモロゾフ製菓が「あなたのバレンタイン(=愛しい方)にチョコレートを贈りましょう」というキャッチコピーの広告を出したというのが有力で有名な話なのでここは割愛。
これを見る限り、別に販促でも良いと個人的には思うのですよ。僕は戦後の様子も知らないし、経済も詳しいわけではないですが終戦後に復興するためにあの手この手を尽くすことは発展のために欠かせなかっただろうし、娯楽が今ほど溢れていなかっただろうからイベントごとで盛り上げようというのも良いと思うのです。
義理チョコに関しても、右に倣えというわけではないですが、欧米でもお世話になった人に贈り物をする文化があるのでこれも頷ける。チョコレートという限定的なのは日本特有らしいですけど。
ここまではなんだか理解もできる範囲だと思うのですが、方向がおかしくなってきたのが「友チョコ」「世話チョコ」「ファミチョコ」などの言葉の出現。
「お世話」という点については良いと思うし、こうした言葉が生まれるまでも作ったチョコやお菓子を交換している女の子や「オカンや妹からしかチョコ貰えん…」なんて漫画でも定番な話は昔からあるもの。今に始まったことではないので行為自体には何の違和感もいです。
では何が違和感を感じさせるのか。多分この言葉が生まれて普及したことで前面に出てきちゃったんじゃないかと思うわけです。
こうなってくると商業的な匂いがプンプンするのです。
上手く言葉にできないですけど、なんか違うと思ってしまうのは僕だけじゃないはず…
こじれたバレンタインにアンチな感情を抱き始めてブーブー言ってますが、もらえば嬉しいし喜んでしまうもんだから何だかなぁと自分でも思うのですが、何よりライター業でしっかりとバレンタインに乗っかって稼がせてもらっているので"商業的"だとか"お金の匂いが"とかとやかく言える立場でもないんですよねぇ…
バレンタインで稼がせてもらっている分はバレンタインに使おうということで逆バレンタイン用のプレゼントを用意してみました。
逆ホワイトデーってないんですかね?