「いい天気だね」
「そうですね」
「そろそろ海なんて気持ちいいだろうね」
「そうかもしれないですね」
「波乗りってたのしいのかな」
「さあ」
「ええと」
「もっと気のきいたことを言え」
「えっ」
「って、あるお客さんに言われましてね。気のきいたことって、なんですか、って聞いたら、そりゃあ天気がいいですね、とか、そういうことだ。なんて、おしえてもらいました」
「ははは、おれも。たぶん、その同じ、あるお客さんから」
「やっぱり」
「むずかしいね」
「こんな店でバイトしてるんだから、とか言って。こんな店、って、なんか勘ちがいしてるんですかね。そうとう酔ってましたけど」
「口ぐせなんだよ」
「晴れてよかったね」
「そう、よかったね、ってね」
「でも、わたしはけっこうまじめに聞いてました」
「なんで」
「こういうときに助かると思った」
「こういうとき」
「なにを話していいか分からないとき。話すことがなくなったけど、話さなきゃいけないとき」
「なるほど」
「いい天気ですね」
「うん」
「月が、きれいですね」
「そうかもしれないね」
「風がやみましたね」
「そうだね」
「暑いですね」
「うん」
「それで、ほかにも聞きました。どうして季節は流れていくんでしょう、なんて」
「そんなこと分からないよ」
「どうして、たのしい時間はすぐに終わってしまうんですか」
「分からない」
「あとは、そう」
「なに」
「どうして人は死ぬんでしょうね、とか」
「こっちが、聞きたいよ」
「これには模範解答があって、そりゃあ、あとがつかえてるからじゃないのか。なんですよ」
「そうかもしれないね」
「次からは、そう言ってくださいね」
「次。うん。分かった」
「日が長くなったなあ。うそみたい」
「うそだよ。全部うそ」
「うそかあ。もうこんな時間」
「マスター帰ってこないね」
「あっ、もう外のほうがすずしかったりして。すごい。ひんやりしてる」
「うん」
「でも、いい天気」
「そうだね」
「夕陽がきれい」
「そうかもしれないね」
「まだですよ」
「そうだよ」
「どうして季節は流れていくんでしょうね」
「分からない」
「いい天気ですね」
「うん」
「なにか、言ってくれないんですか」
「ごめん」
「気のきいたこと、言ってみてください。わたしにおしえて」
「ごめん」
「わたし、帰ります」
「ちょっと、なんでだよ」
「店長来ないから」
「バイトだろ」
「客だろ」
「そうだよ、おれは客だ。きみはバイトだろ」
「どうせ人なんか来ないもん」
「だってバイト代もらえないよ」
「でもいちおう来たことだけは言っといてくださいね」
「なんて言えばいいの」
「それくらい、考えてみたら」
「分からないよ」
「じゃあ、帰ります」
「待って」
「なんです」
「あの」
「はい」
「今度、今度の休み、月曜。どっか行かない。映画とか」
「次の月曜ですか」
「うん」
「いいですよ」
「いいの」
「うん」
「ありがとう」
「たのしみだなあ。ねえ、たのしみな時間は流れるのが遅いけど、なんで」
「分からないな」
「それ、考えといてください。宿題」
「うん」
「でも、残念だなあ」
「なんのこと」
「それじゃあ帰りますね。さようなら。ごゆっくり」
「帰らないでよ。ここにいてよ」
「だめなんです」
「分かった、送っていくよ」
「でも、あとがつかえてますから」
「待ってよ」
「おい、おい。寝てんのか」
「あ、マスター。おかえり」
「新しい花、買ってきた。今度はどうかな。見てくれる」
「なんですか」
「ひまわり」
「また、大きなのを買ってきたなあ」
「ちょっと見てよ。そこに置いてるから」
「はいはい」
「今夜も飲むの」
「金ないですよ」
「しょうがねえなあ」
「やった」