他カテゴリ

季節の花(4)

川光俊哉's icon'
  • 川光俊哉
  • 2019/10/02 03:17
Content image

 

「きみはいつからおれのところに来てないことになるんだ」
「さあ。だから、ひょっとすると、去年じゃないですか」
「そうかね」
「すいません」
「うん」
「そのことも」
「いや、おれは、この前も、こんな話をした気がするぞ」
「気のせいじゃないですか」
「きみは知っていると思うよ。見たこともある。去年からうちに来てないなんてことはないだろう」
「でも」
「ときどき、店に出てる」
「手伝いしてるんですか」
「本の整理をおしえたよ。レジだって計算できる」
「えらいな」
「よく、本を読んでいる」
「なんだろう」
「シャーロックホームズ」
「なるほど」
「そろそろ全巻読破しそうなんだ。客のいない、合間に読んでね。客が来ないからね」
「店番してるんですか」
「できるよ」
「ひとりで」
「やれって言ったんじゃないよ。やりたいって言うからだよ」
「本屋さんにでもなりたいんですか。古本屋さん」
「ルパンも読んでいる」
「どんな子です」
「かわいい子だよ」
「本が好きなんですね」
「だいぶ、目が悪くなってきたらしいね」
「メガネをかけて。そうか。見たことあるのかな」
「どっち」
「時間のことがこのごろよく分からないんです。ずいぶん前のことのようでもあるし、去年、先月くらいかもしれないとも思う。それこそ小学校のころ、そういう女の子は何人もいたようです」
「シャーロックホームズを読んでる」
「ええ」
「きみはどんな子だった」
「どちらかといえば、シャーロックホームズだったかな。昼休み、校庭に、サッカーに出ていくような子供じゃなかった」
「そうかもしれないね」
「そうですか」
「いや。学校でもかわらないだろうね。昼休みに、ひとりで本を読んでいるんだ。メガネの女の子はたくさんいても、サッカーとはちがうよ。きっとね。ひとりぼっちが、集まったって。シャーロックホームズか、ルパンか、明智小五郎か知らないけど」
「学校って」
「小学校さ。なんだよ」
「いや」
「おい、電話」
「なんでおれが出るんです。もしもし、はい。そうです」
「なんだって」
「マスター」
「帰ってくるのか」
「なに言ってるのか分からなかった」
「でも帰ってくるんだろう。それ以外に、電話なんかしないだろう」
「たぶん。そろそろ帰るってことか」
「じゃあ最後にもう一杯、飲もうかな」
「ええ」
「いいの」
「まあ、これだけ待たせたら。それくらいはね」
「よし、乾杯」
「乾杯」
「ああ、空が明るくなってきた。あーあ」
「長い夜だったなあ。短かったのか。よく分からない。ついにふたりっきりで待ちぼうけしてしまった。もう飲まないほうが」
「飲まないよ」
「どうしたんです」
「やめろよ。酒じゃないよ。気持ちが悪いんじゃない」
「えっ」
「いいから」
「なにか言いました、おれ」
「たのむから」
「気のきかないこと」
「また」
「はい」
「来いよ、な」
「行きます」
「シャーロックホームズでも、なんでもいいから。割引してやるから」
「ええ、その子に、ちゃんと紹介してください」
「いや、それはもう、できないんだな」
「どうして」
「だって、帰っていくからね。おとうさんと、おかあさんのところに」
「そうなんですか」
「ああ、花見は、結局行けなかった。無理やりにでも連れ出すんだったな」
「また来年があるじゃないですか」
「来年か。それもいいだろうね。今度は、おれのほうが引っぱりだされるのかもしれないね。きっと」
「それなら」
「よかったのかな。そうなのかな。きっと、そうなんだろうけど、ううん、おれは」
「ええ」
「つまり、腹が立つんだ」
「なんです、それ」
「つまり、子供は、人っていうのは、かわっていくのかもしれないね。昼休みが、図書室じゃなくて、校庭になったってことだ。そうして、おれのうちから、おとうさんとおかあさんのところに帰るということ、それでいいことになってしまったんだ、もう。おい」
「聞いてます」
「それでも、本を読むのは、悪いことだと誰が決めた。おもしろいだろう。でも、本を読むのはひとりじゃなきゃ」
「なるほど」
「ぜんぜん飲んでねえじゃねえか」
「すいません」
「いい天気だね」
「そうですね。朝だ。こんな時間か」
「晴れてよかったね」
「よかったですね」
「今夜も月はきれいかな」
「さあ」
「明るくなると、桜も貧相なものだね。こうして見たら、まるですかすかだ」
「もうなんて言ったらいいのか」
「まだいるのか」
「ここにですか。どうしようかな、じゃあ、マスターに朝食つくってもらうことにしようかな」
「おれ、帰る」
「あ、そうですか。いま」
「間に合うといいなあ。朝一番の新幹線なんだ。よろこぶかな。あの子はまだ、外に出て、桜を見てないかな。シャーロックホームズは読み終わっただろうか。なんならうちでじっくり読むといい、そう言ったのを覚えていてくれるかな」
「分かりません」
「おれのポケットのなかで、花びらは、ぐしゃぐしゃにならずに、持って帰れるのか」
「大切にするんですね」
「また」
「近いうちに」

Article tip 0人がサポートしています
獲得ALIS: Article like 0.36 ALIS Article tip 0.00 ALIS
川光俊哉's icon'
  • 川光俊哉
  • @55ohguy
Toshiya Kawamitsu/第24回太宰治賞 最終候補 小説『夏の魔法と少年』/舞台『銀河英雄伝説』他、商業演劇で脚本を手がける/現在、山崎哲の後任として二松學舍大学文学部国文学科 講師

投稿者の人気記事
コメントする
コメントする
こちらもおすすめ!
Eye catch
クリプト

Bitcoinの価値の源泉は、PoWによる電気代ではなくて"競争原理"だった。

Like token Tip token
159.32 ALIS
Eye catch
クリプト

約2年間ブロックチェ-ンゲームをして

Like token Tip token
61.20 ALIS
Eye catch
ビジネス

海外企業と契約するフリーランス広報になった経緯をセルフインタビューで明かす!

Like token Tip token
16.10 ALIS
Eye catch
トラベル

わら人形を釘で打ち呪う 丑の刻参りは今も存在するのか? 京都最恐の貴船神社奥宮を調べた

Like token Tip token
486.35 ALIS
Eye catch
グルメ

バターをつくってみた

Like token Tip token
127.90 ALIS
Eye catch
ゲーム

【初心者向け】Splinterlandsの遊び方【BCG】

Like token Tip token
6.32 ALIS
Eye catch
トラベル

無料案内所という職業

Like token Tip token
84.20 ALIS
Eye catch
他カテゴリ

機械学習を体験してみよう!(難易度低)

Like token Tip token
124.82 ALIS
Eye catch
クリプト

ジョークコインとして出発したDogecoin(ドージコイン)の誕生から現在まで。注目される非証券性🐶

Like token Tip token
38.31 ALIS
Eye catch
他カテゴリ

警察官が一人で戦ったらどのくらいの強さなの?『柔道編』 【元警察官が本音で回答】

Like token Tip token
114.82 ALIS
Eye catch
他カテゴリ

京都のきーひん、神戸のこーへん

Like token Tip token
12.10 ALIS
Eye catch
クリプト

Bitcoin史 〜0.00076ドルから6万ドルへの歩み〜

Like token Tip token
947.13 ALIS