「まあ、そうかもしれない」
「それだけじゃないと思うよ。どうせ」
「なんです」
「場所が悪いんじゃない」
「それもある」
「場所がな。このへんは学生ばっかりだから。なかなか来ないよ」
「居酒屋とかね」
「だめなんだよ。安かろう悪かろうじゃ」
「悪くないよ、ここ。うまいよ。安くはないけど」
「田舎だから。これからだ。うちみたいなのが分かってもらえるのは」
「がんばってください」
「雨だって」
「うん」
「何パーセント」
「ええと、八〇パーセント」
「全部洗い流してくれないだろうか」
「降ったら降ったで、客は来ないんでしょう」
「そうか。そうだ」
「なんだっていいんだ」
「なにが」
「別に」
「なんだよ」
「客が来ない理由なんて」
「うるさいな。とにかく、今度の月曜あけといてくれよ」
「いいよ」
「たのむよ」
「そこから外見える」
「いや」
「場所が悪いなんてことはないと思う。けっこう人が通るよ」
「そうか」
「みんなのぞいていくよ」
「そうか」
「見えないんでしょう」
「うん」
「あのサボテンとか、植木とか、どけたほうがいいんじゃないですか」
「そんなことない」
「外から見ると、なんの店か分からないんだって」
「うそ」
「うす暗いし、看板も隠れて、まあ、料理屋だとは思わないだろうな」
「分かるよ。おまえだけだよ」
「みんな言ってるよ」
「誰が」
「みんな」
「だから誰」
「友達が言ってた」
「友達なんかいるのか」
「いるよ」
「どうすりゃいいんだよ」
「なんでサボテンなのか、そっちが聞きたい。あれで客が来るってわけでもないだろうに」
「いちいちけちつけやがる。うるせえ」
「でもなあ」
「もういいよ。おごらない」
「なんでそういう話になるんです。なんにも悪いこと言ってないのに」
「急に、ほら、下手に出てきて。ただ酒はうまいだろう。なんなら昨日飲んだぶんをいま請求したっていいんだ」
「あ、知ってるんだ」
「おれが馬鹿だと思って、なめてやがる。おれは貧乏性だからな。なにしろ貧乏だ。仕事の合間に飲んだのもふくめて、どれくらい残ってるかちゃんと覚えている」
「おれはとめたんです」
「関係ないよ」
「ごめんなさい」
「おれはね、お客に気持ちよく飲んでほしいから、一杯だけとか言われたら、そりゃおごるし、そんなのをいちいち恩に着せたりはしないがね」
「はあ」
「サボテンだってよかれと思ってやってるのに、人の気も知らないで。ねえ」
「裏目に出ることも、あります」
「おれはもうなにもしないほうがいいってことか」
「いや、でも、おごってもらったほうがいいかな」
「分かったよ」
「なにが」
「おれは人がよすぎるのか」
「ううん」
「向いてないのかな。だから貧乏するんだ」
「落ちこむことないでしょう」
「雨」
「あ、本当だ」
「窓閉めて」
「あっちで走ってる。天気予報、見てないのかな。かわいそうに。学校に着くまでにびしょ濡れだろうな」
「窓」
「はいはい。小学生の集団登校です」
「帰るの」
「おれですか」
「傘なら、貸すよ」
「でもなあ」
「いてもいいけど」
「じゃあ、やむまで」
「どうせおれも帰れないから」
「何回か泊まったり、夜明けまで飲んだことはあったけど、こんなに長くいるのは、ひょっとしたらはじめてかな」
「なにしようかな。結局酒を飲むことになりそうで、いやだ」
「オセロでもないですか」
「ないよ」
「将棋」
「ない」
「テレビくらい置けばいいのに。どうしてないんですか」
「うるさいから。雰囲気がよくないと思う。野球中継とか流れてるところで、ね、いやだろう」
「そういう、変なこだわりなんだろうな」
「いいんだ。たのむからやりたいようにやらせてくれ」
「降ってるなあ」
「そうだね」
「そうだね、って」
「なんだよ」
「もっと気のきいたことを言ったらどうですか」
「だって雨が降ってる。なに言ってんの」
「あ、電話」
「電話がなに」
「昨日どこからかけたの」
「なんで」
「そのときは、まだ携帯あったんじゃないんですか」
「さあ」
「どうなの」
「というか、おれは電話をかけたのか。誰に。きみにか」
「覚えてないんだ」
「言われてみれば、そうかもしれない。そんな気がする。それだけ」
「しょうがねえな」
「よくあることだ。もうあきらめてるからいい」
「なんか音楽かけて」
「やだ」
「いつものじゃないやつ。なんかあるでしょう」
「ない」
「しずかで気持ち悪いから」
「そうか」
「マスター」
「スピーカーこわれた」
「なんでそういうこと言うの」
「めんどくさい」
「じゃあいいよ」
「雨に歌えば」
「なに」
「なんでもないよ」
「なにしてるんだろう」
「このへん、あんまり雨降らないよな。冬とか」
「そうだね」
「正月とか、帰ったか」
「実家ですか。マスターは」
「おれは帰らなかった」
「おれも」
「いいのかよ」
「あんたこそ」
「もうあんまり帰って来いとか言わないからいいんだよ」
「おれは、言うな。やっぱり親不孝なんだろうか」
「あっち、年じゅうどんよりしてるよね。とくに冬はよく降る気がする」
「うん」
「そういう人間が多いんだ」
「そうかな」
「いやでいやで、しょうがなかった」
「工業行ってたんだっけ」
「そうだよ。同じ駅じゃないの、たぶん」
「前にも話したかな」
「頭悪いからさ。こっちに出てくるのでも、大学進学とかは、あんまり考えなかった」
「こっちったって。いい勝負の田舎だと思うけど」
「東京にいたんだよ。三年前くらいまでは」
「ああ、それは初耳かもしれない」