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季節の花(9)

川光俊哉's icon'
  • 川光俊哉
  • 2019/10/07 14:21
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「あ、どうも。なにしてるんです」
「うん。マスター待ってる」
「早いですねえ。ひまなんですか」
「やることはないけど。ひまなのかな」
「まだ開店までぜんぜん時間ありますよ」
「じゃあもう、それまでいようかな。長いこといたな」
「店長どこ行きました。いままでいたんですか」
「買いものかな」
「そっか」
「早いね」
「わたしですか。そうですね。なんだか早く来ちゃった」
「なんで」
「なんとなく。ひまだからかな」
「なにするの」
「なんにも考えてなかったけど、店長いたら、話してるうちに時間になるかと。あと、いろいろ」
「雨」
「えっ」
「降ってなかった」
「やんでました」
「そう。よかったね」
「うん。よかった」
「なにそれ」
「わたしの買いもの。来るとき、安かったから。冷蔵庫借りようと思って」
「ふうん。すごいね」
「なんです」
「いや、しっかりしてると思う」
「そうかな」
「いいの」
「いいんじゃないですか。あとから言っとけば。冷蔵庫がらがらだもん」
「やる気あるのかな」
「そこがよく分からないところが、おもしろいですよね」
「まあ、客としてはね」
「また店の前、増えてますね」
「あ、見たの」
「この前、そのときも、わたしけっこう早く来てたんですけど、園芸のお店だと思って入ってきた人がいました」
「無理もないと思う」
「あわてて出ていきました」
「マスターはいた」
「いいえ」
「おしえてあげたほうがいいよ」
「笑えますよね」
「うん」
「園芸もやりましょうか。そっちのお客さんも増えます」
「サボテンとか売るの」
「どうかな」
「案外、マスターはそっちのほうが性に合ってるかもしれない。言っとけば」
「でも、本当に、仲間を呼ぶみたいにどんどん増えますよね。そろそろ店が埋まるんじゃないかな。もうすでにあぶなそうだけど」
「客が来ないのはサボテンが足りないからだと思ってるんだ。おしゃれ、おしゃれって言ってるけど、こういうことなのかな」
「世話は全部わたしだし」
「えっ、そうなの」
「そうですよ」
「だから早く来るの」
「そういうわけでもないけど、うん、そうなってますね」
「へえ」
「だって、わたししかいないなら、ほかに時間がないから」
「時間がないことないだろう」
「そりゃ店は客来ないけど、そういうときに外に出て水やったりしてると、店長、すごいやな顔をするんですよ」
「なんで」
「外でうろうろしてると、客が入りづらいとか、なんとか」
「関係ないよ。そう思わない」
「思いますけど、この店の店長だから、まあそう言うなら、そういうことにしといたほうがいいかと」
「楽じゃないでしょう」
「なれました」
「マスター、知らないんじゃない。たぶん置いとけば勝手に成長してくれて、楽でいいくらいに思ってそう」
「そうかもしれないですね」
「バイト代にそういう手当とか要求していいんじゃないの」
「言えますか。あの店長に」
「おれは言えない」
「好きでやってるから」
「じゃあいいよ」
「あれも買ってきたんですか。あじさい」
「忘れもの」
「なんですか」
「もらったことにするんだろうね」
「なんか変。ちゃんとしないと」
「さわっちゃいけないってさ」
「あれじゃあ痛みますよ。地べたに横たえたままで」
「うるさいから、ほっとけよ」
「でも気になる。それ、洗っちゃっていいですか」
「いいよ。おねがいします。朝つくってもらった」
「朝からですか」
「いや、昨日の夜から」
「へえ。なかよしですね」
「なかよしというか。まあいいや、そう見えるだろうね」
「窓開けていいですか」
「どうぞ」
「すずしい」
「雨の匂いがしない。雨上がりの」
「この匂い好きですよ」
「いいよね」
「いい天気ですね」
「変な天気だよ」
「そっか」
「雨が上がって、今日はなんて言い訳するのかな、マスター」
「さあ」
「客は来るのかな」
「予約とかはないです」
「逃げられるかな」
「つかまる前に、帰ったらいいじゃないですか」
「ああ、いま。なんかもう、つかまってる感じがする」
「じゃあ今夜も」
「たぶん」
「すごいなあ」
「やることある」
「いいですよ。お客さんに手伝ってもらわなくても」
「ひまだから」
「わたしだって。だから仕事をとらないでください」
「なら、見てるよ」
「いそがしいときのほうが、仕事があっていいんですよね。なにか仕事がないか、探すほうがつかれたりして」
「いそがしいときなんてあるの」
「たまに。宴会とか」
「宴会をふたりでさばくのか」
「たいへんですよ」
「だろうね」
「こっちも悪くて。なんにもしないで、バイト代もらってるみたいで。じっとしてると、それはそれで、店長怒るし。客がいないのを、わたしがぶらぶらしてるのを見て、再認識するのがむかつくんでしょう」
「すごいえらい人みたいに思えてきた。たいへんだ」
「わたしですか。どうも。もうそうじなんかするとこないでしょう」
「うん。きれいだね。いつも」
「着がえてきていいですか」
「いいよ」
「なんか先に飲みます」
「ええと。いいや、あとで」
「はい」
「なにかけたの。はじめて聞くな」
「うちから持ってきたの。店長からたのまれたんです。わたしの選曲」
「ジャズ」
「うん」
「ふうん。好きなの」
「親の影響で、ちょっとだけ」
「いいね」
「ありがとう」
「ひまだね」
「わたしはなんにもしないのが、けっこう好きですよ。できることなら、なんにもしたくない」
「そっちが本音か」
「バイトにかぎらずね」
「こういう時間を有効活用したら、なんでもできる気がする」
「なにします」
「パズル」
「それは、ひまつぶしでしょう」
「うん」
「園芸かな」
「冗談で言ったんだけど」
「ですよね」

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  • 川光俊哉
  • @55ohguy
Toshiya Kawamitsu/第24回太宰治賞 最終候補 小説『夏の魔法と少年』/舞台『銀河英雄伝説』他、商業演劇で脚本を手がける/現在、山崎哲の後任として二松學舍大学文学部国文学科 講師

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