【世界の教養:歴史】鉄血宰相ビスマルク記事一覧

 

 

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この記事では、ビスマルクについて書いた記事をまとめていきます。

 

幼少期からドイツ統一+αまで書きました。

 

外交の天才が如何にドイツをまとめ上げていったのか、なぜフランスと仲が悪くなったのか…。

 

それぞれポイントをピックアップして書いたつもりです。

 

これを読めば、ドイツが少し身近に感じられるようになるかも知れません。

 

お時間があれば、読んでいただけると嬉しいです。

①鉄血宰相と呼ばれた男

ビスマルクのスパルタ幼少期から、喧嘩とギャンブルに明け暮れた青年期を経て、妻ヨハナと結婚。

喧嘩屋と呼ばれたビスマルクはここから政界に進出していきます。

 

②喧嘩屋オットー、政界に進出す

大物政治家に度胸を見込まれ、保守派の州議会議員に。

しかし政敵である自由主義派が力を強め、各地で革命活動が頻発。

自由主義派がドイツ統一を進めて行こうとしますが難航。

革命が収まった後、ビスマルクに白羽の矢が立ちます。

 

③鉄血宰相の誕生

プロイセン大使としてドイツ連邦議会に赴いたビスマルクは、議長国であるオーストリアに喧嘩を売ります。

オーストリアを徹底批判し、孤立させることに成功します。

これによって鉄血外交を振るうビスマルクの名が、各国に知れ渡るようになりました。

 

④炸裂!鉄血政策!

軍備拡張を自由主義に邪魔されながらも、憲法の穴をついて軍拡予算案を通すビスマルク。

工業化を推し進め鉄道を張り巡らせ、軍の装備も十分に整ったところで、オーストリアをドイツ連邦から除外することを宣言。

これに反発したオーストリアがプロイセンに宣戦布告。

普墺戦争が始まります。

 

⑤圧勝!ケーニッヒグレーツの戦い!

参謀総長モルトケによる、鉄道と電信と武器の強化により大国オーストリアを圧倒。

僅か7週間でプロイセンが勝利します。

これによってオーストリアは、プロイセンのドイツ統一に一切口出しができなくなりました。

 

⑥鉄血外交ここに極まれり

進むドイツ統一に待ったをかけたのが、隣国フランスの存在でした。

そこでビスマルクは、スペインの王位継承問題とメディアを利用し、フランスからプロイセンに宣戦布告させるよう仕向けます。

これによって普仏戦争が勃発することになります。

 

⑦普仏戦争開戦

ほぼ全ての戦場でプロイセン側の勝利。

銃ではフランス軍が勝っていたものの、工業化を推し進めていたプロイセン軍は、あらゆる面でフランスを凌駕していました。

 

⑧統一!ドイツ帝国の成立

遂に、ナポレオン三世を捕虜にするという大戦果を上げたビスマルク。

フランスのヴェルサイユ宮殿にてドイツ統一を宣言、ドイツ帝国が成立しました。

 

 

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2020/06/14 10.34 ALIS 10.00 ALIS
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