第二次世界大戦中、英国では砂糖や菓子類を含む多くの食品が配給制になり、甘い食品を楽しむことが制限されていました。
終戦からしばらく経った1953年に砂糖と菓子の配給が解除されると、人々は久々の自由な甘味を楽しむべく菓子店に押し寄せ、食事に砂糖を加える習慣も広まりました。
この変化は、英国の砂糖消費量はわずか1年で倍増するという劇的な変化を見せ、食生活に大きな変化をもたらすことになりました。
しかしこれは、医食同源という言葉の通り、食の乱れがどう健康に結びつくかを調べる良い研究対象にもなっていきます。
今回のテーマは、そんな砂糖を習慣的に消費することが与えた影響についての研究です。
科学誌『Science』に発表された内容をもとに、以下にまとめていきます。
参考記事)
・Britain’s postwar sugar craze confirms harms of sweet diets in early life(2024/10/31)
参考研究)
・The Sweet Life: The Long-Term Effects of a Sugar-Rich Early Childhood(2022年12月、改定2023年06月)
カリフォルニア大学(バークレー校)は、政策研究機関RAND社の経済学者タデジャ・グラクナー教授の協力を得て、砂糖の健康への影響を長期間にわたって追跡及び分析を行いました。
分析の対象は、1951年から1956年の間に生まれた60,000人で、このうち約4,000人が糖尿病を発症し、約20,000人が高血圧を発症していました。
この期間が選ばれた理由は、戦後に砂糖配給の解除が行われた時期に生まれた人々とそうでない人で、砂糖摂取量に顕著な違いがあるためです。
調査結果から、配給が解除された1953年以降に生まれた人々の糖尿病および高血圧のリスクは、配給時代に生まれた人々に比べて有意に高いことがわかりました。
特に、配給解除後に妊娠して生まれた子どもは、解除前の時期に比べて糖尿病リスクが約15%高く、また高血圧リスクも5%高いことが判明しました。
さらに、配給解除前に生まれた子どもで、配給終了時点で1.5歳以上に達していた場合、糖尿病リスクが40%、高血圧リスクが20%も低いという結果が現れました。
また、糖尿病リスクの低下は女性で特に顕著であったことも興味深い点です。
グラクナー教授は、乳幼児期の砂糖が後の健康に影響を与える可能性について複数の仮説を立てています。
胎児期の砂糖摂取は胎児の発達に影響を及ぼし、将来の代謝疾患の要因となる可能性があると考えられます。
また、幼少期に砂糖を多く摂取したことで、甘い味覚への嗜好が形成され、成人後も砂糖の多い食品を好むようになる可能性もあります。
グラクナー教授のチームでは、乳幼児期の砂糖摂取と成人期の砂糖摂取量の相関についても過去の研究による裏付けを得ています。
この研究(The Sweet Life: The Long-Term Effects of a Sugar-Rich Early Childhood)では、配給解除が視力低下や一型糖尿病といった糖に直接関連のない病状には影響を及ぼしていないことも確認されました。
一型糖尿病は、生まれつき膵臓が正常に機能しないなどの遺伝的要因が主であり、糖との関連がないと考えられています。
これにより、1953年以降に生まれた人々が、配給解除の影響以外の要因によって健康リスクが高まったわけではないことが示唆されます。
エクセター大学の統計学者ジャック・ボウデン教授はこの分析について「用量反応関係(dose-response relationship)」が確認された点を評価しています。
つまり、配給制下で過ごした期間(砂糖が制限された期間)が長いほど、糖尿病や高血圧などのリスクが減少するという傾向に一定の信頼性があると言えます。
また、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の内分泌学者タナズ・モイン教授も、今回の自然実験の分析がもたらす意義について指摘しています。
自然実験とは、研究者が意図的に被験者を集めたり、条件を操作したりするのではなく、実社会に生じた現象の原因と結果を観察することです。
因果関係を考察したり、ある条件の有無が結果にどのように影響するかを比較したりする際に有効とされる実験でもあります。
今回の研究は、国の政策を決める際の動機付けとして利用可能と考えられています。
砂糖に対する課税、食品成分の表示義務の強化、甘いものに関する啓発活動などが、母子をはじめとする国民の健康を改善し、将来の慢性疾患の予防などに繋げることも期待できます。
グラクナー教授は、現代の食生活環境では推奨ガイドライン内に留まることが難しく、特に乳幼児期からの摂取量を制限するのは容易ではないと述べています。
そのため、育児環境の制約を考慮しつつ、社会全体で食生活を改善する方向に政策を進める必要性を強調しています。
糖尿病や生活習慣病のリスクには砂糖が大きな影響を及ぼすことが広く知られていますが、国全体が食事の制限を受け、その後急激に変化した結果として、糖尿病や高血圧がどのように影響されるかを明確に示すデータは非常に貴重です。
公衆衛生当局は、妊娠から生後2年(約1000日)の期間を「発達の重要な時期」として、乳幼児へ砂糖摂取を避けるよう推奨しています。
この期間は、乳幼児の身体的・神経的な発達において決定的な役割を果たすとされ、余分な砂糖が健康に悪影響を及ぼす可能性が指摘されているからです。
しかし、現代では多くの国で砂糖を含む甘味食品が広く普及しており、妊娠中の人や乳幼児が過剰な砂糖にさらされることが増えています。
たとえば、米国では、妊婦が1日に80グラム以上の砂糖を摂取することが一般的であり、これは成人の推奨量(1日あたり25グラム~30グラム)の約3倍にあたります。
また、米国の乳幼児や幼児の80%以上が日常的に添加糖を含む食品を口にしているというデータもあるため、砂糖への依存を低下させるためには大規模な変革が必要であることも考慮する必要がありそうです。
・1953年の砂糖の配給解除後、幼少期に砂糖を多く摂取した人々は、成人後に糖尿病や高血圧のリスクが増加した
・配給制という「自然実験」を通じて、幼少期に砂糖を摂取した影響が成人期に及ぶ可能性が示された
・母子の健康向上や慢性疾患の予防に向け、砂糖に関する課税や食品表示の強化など、今後の公衆衛生対策に役立つデータになる