今からおよそ350年前から使われてきた、「うつ病」という言葉。
この精神的な病気に関して長い歴史があるにもかかわらず、うつ病とは何か、その定義や原因について専門家の意見は一致していません。
しかし、多くの専門家が共通して述べていることは、うつ病は何か1つの病気ではないということです。
これは、さまざまな原因や複雑なメカニズムが絡みあって現れる病気の大きな枠組みと言えます。
このため、各人に最適な治療法を選択することが困難とされ、多岐にわたるアプローチが研究されています。
今回は、そんなうつ病をテーマとした研究についてです。
参考記事)
・Genes For Depression Can Affect The Situations We Find Ourselves in(2024/04/29)
参考研究)
・Data-driven biological subtypes of depression: systematic review of biological approaches to depression subtyping(2019/03/01)
シドニー大学の研究では、現在大きく二つのタイプに分けられている“反応性うつ病”と“内因性うつ病”に対して、別の角度からアプローチできないかを考えました。
反応性うつ病(社会的または心理的うつ病とも)は、生活上のストレスなどの負荷がかかる出来事にさらされることによって引き起こされるとしています。
例えば、暴行を受けたり愛する人を失ったりと、外部からの何らかの刺激が引き金となるうつ病です。
内因性うつ病 (生物学的うつ病または遺伝的うつ病とも) は、遺伝子や脳化学など内部の何かによって引き起こされるとしています。
これは、遺伝子の一部が異常をきたしていたり、ホルモンや神経伝達物質の分泌が正常に働かなかったりすることからくるものと考えられています。
メンタルヘルスの臨床現場で働いている人の多くは、このうつ病のタイプに準じた治療などを行っています。
しかし、研究チームはこのアプローチは単純すぎると考えているようです。
研究員らは、うつ病を反応性または内因性として分類することが妥当であるかどうかを確認するために、遺伝子とストレッサーの役割を調べることに着手しました。
オーストラリアで行われたうつ病の遺伝学研究では、うつ病患者に対してストレスの多い生活上の出来事に関する調査を行ないました。
まず、彼らの唾液サンプルからDNAを分析し、精神障害の遺伝的リスクを計算しました。
次に、アンケートで彼らのストレスの状況を調査しました。
質問は単純で、「うつ病、双極性障害、統合失調症、 ADHD、不安症、神経症(性格特性)は、ライフイベントに影響を及ぼしますか?(ストレスに関係しますか?)」というものでした。
なぜすでにうつ病を患っている人の精神障害の遺伝的リスクを計算するのか疑問に思われるかもしれません。
すべての人は、精神障害に関連する遺伝子変異を持っていおり、多く持っている人もいれば少ない人もいます。
すでにうつ病を患っている人でも、遺伝的リスクが低い可能性があり、そういった人々は、他の原因から特有のうつ病を発症した可能性があります。
また、うつ病を患う2人の患者がまったく異なる遺伝子変異を持っている可能性があります。
こういった様々な可能性から、精神障害に関連するより広範囲の遺伝的変異を調べるため、既にうつ病を患っている患者に対して調査を実施するものとしています。
うつ病に、反応性うつ病と内因性うつ病という二つのタイプがあるのであれば、遺伝的要素が低い人々 (反応性グループ) は、よりストレスの多い生活出来事を報告すると予想されます。
そして、より高い遺伝的要素を持つ人々(内因性グループ)は、ストレスの多い生活上の出来事が少ないと報告すると予想されます。
しかし、14,000人以上のうつ病患者を調査した結果、研究チームはその結果が逆であることを発見しました。
うつ病、不安症、ADHD、統合失調症の遺伝的リスクが高い人々は、より多くのストレス要因にさらされていると述べていることがわかりました。
道具による暴行、性的暴行、事故、法的・経済的トラブル、幼少期の虐待やネグレクトはすべて、うつ病、不安症、ADHD、統合失調症などの遺伝的リスクが高い人々で報告される傾向にありました。
これらの関連性は、年齢、性別、家族との関係によって強い影響を受けることはありませんでした。
社会経済的地位など、これらの関連に影響を与える可能性のある他の要因は除外されました。
精神障害の遺伝的リスクは、環境に対する人々の感受性を変化させます。
二人の人がいて、一人はうつ病の遺伝的リスクが高く、もう一人はリスクが低いと仮定します。
さて、ここで二人とも職を失います。
遺伝的にうつ病になりやすい人は、失業を自尊心や社会的地位が傷つけられたと考え、恥ずかしさや絶望感が残ります。
彼らは、職を失うことを恐れて、別の仕事を探す気にもなれないでしょう。
一方、もう一人の人物は、失業は自分自身のことではなく会社のことだと認識します。
この二人は、その出来事を異なる方法で内面化し、異なる方法で記憶します。
精神障害の遺伝的リスクが高い人は、さらに悪いことが起こる環境に身を置く可能性が高くなります。
たとえば、自尊心が影響を受け、他人とのコミュニケーションがうまくいかなくな、さらに状況が悪化するという悪循環です。
この研究は、遺伝子と環境が独立していないことが確認できます。
研究者らは、反応性うつ病と内因性うつ病の区別すべきでないと主張しており、遺伝子と環境には複雑な相互作用があるため、二元化された考え方ではなく様々なケースを考える必要があるとしています。
また、うつ病に強い遺伝的要素があると思われるうつ病患者は、より深刻なストレス要因によって生活が中断されていると報告しています。
したがって、遺伝的脆弱性がより高い人は、ストレスを管理するためのテクニックを学ぶことが有益である可能性があります。
これは、人によってはそもそもうつ病を発症する可能性を減らすのに役立つかもしれません。
一部のうつ病患者にとっては慢性的なストレスを軽減するのに役立つ可能性もあるため、この研究から派生し、より効果的で、より多くの治療プロセスを見つけることができるかもしれません。
この研究は、National Library of Medicineにて詳細を確認することができます。